愛とチムニーの日々

第三話 暑い部屋 前編 – しんかい6500特別見学会

前記、大口部屋 – しんかい6500特別見学会からのつづき…

眩いばかりの「しんかい6500」を目の前にすると、整備場の大口がゆっくりと閉じられた気がした。

もしかして、ボクらが今までに主にインターネットなどで得てきた深海関連の知識というのは、JAMSTECの広報活動によって、間違った味や風味が染み付いたモノであって、それらをこの胃の中でじっくりと時間を掛けて消化(リセット)し、それから完全に新しい香り付けをされて吐き出されるのかもしれない、そう感じた。それならば、これから来るであろう未知の流れに身を任せて流されてしまおうと思った。

この部屋は、サクライさん(異名不明)率いる「しんかい6500」運行チームの巣である。多分、触ってはいけないモノや、行っては行けないトコロがあるのだろうが、この時点では区別がつかなかったので、なんかどうしたら良いのか分からずに、オドオドしてしまって落ち着かない中、ヨシザワさんによるチームの紹介が行われた。

「しんかい6500」運行チームのチームワーク
「しんかい6500」運行チームのチームワーク

一番右の「ぴーちゃん」という異名を持つ方は、パイロットのイケダさん。伝説の潜行の時にも深海へ行った女性だ。静かで大人しいそうだが、このむさくるしい男たちに紛れ込めるような、とてもパワフルなオーラを纏っている印象があった。しかしこの写真だけを見ると、皆好き勝手やっていてバラバラであり、もはやチームとは言い難い。でも実際は見た目よりも遥かに一体感があり「しんかい6500」という ”漢” と共に地球という世界を渡り歩いているとのことだ。

チームの自己紹介みたいなのが一通り終わり、いよいよ「しんかい6500」の整備の話に行きたい所だが、その前にちょっと。実はこの状況は、たくさんのヒトビトに見てもらうために、「USTREAM」によるインターネットで生中継されるという前提で行われる。ちょうどボクらの真後ろにUSTREAM軍が陣取り、ボクらは常に監視されてるような状態で、文字通りの公開整備が行われるのだ。

USTREAM軍
USTREAM軍

まさに狙い通りである。

この日ボクらは、ある呪われた服を着ている。
それはJAMSTEC ”非公認” キャラクター、

海底紳士スケおじさん
謎の紳士なので詳しくはこちら

JAMSTECには、「しんかい6500」をモデルにした、ロッキーというかわいらしい公式キャラクターがいるのだが、どうやらその内部に、彼を引きずり降ろしてやろうと企む、一部の怪しいグループが存在するようだ。ロッキーに対抗するべく、スケーリーフットをモデルに生まれたキャラクター、それが「海底紳士スケおじさん(アトランティス在住)」なのである。一応は「QUELLE2013のキャラクター」と謳っているハズなので、実際はそんなに黒い企みではないのかもしれないが、いずれにせよボクにとってはあまり触れたくない部分である。

これまでの写真にもたびたび写りこんでしまっているとは思うが、今日は代表と共に、胸元にプリントされたスケおじさんのTシャツを着込んでいる。そしてボクはそれを、前後逆に着てバックプリントを装っているのだ(新作ではない)。ゆえに、ボクの後ろにUSTREAM、そのカメラの先にはスケおじさん、という構図ができると見込んでいたのがうまくハマり、ただ単純にそれが嬉しかったのだ。そしてここで何が言いたいのかと誰かに聞かれたら、なんにもないのである。

サクライさんが口火を切った。お題は「しんかい6500ってこうなってるんだよ」。
ボクは機械おんち、科学おんちなので、元々こういう機械みたいなのの説明みたいなのが耳から入りにくい。しかし、伝説の潜行以来、それまで特に興味のなかった「しんかい6500」だったが、その後まあまあ好きになるという大幅な進化を遂げることができたのだ。でもね?それを踏まえてもね?やっぱりボクの頑固な耳は、ある一定のレベルを超えるとパタンと閉じてしまうことがあるんだよ?

そんな「しんぱいレポーター」のボクが、ようやくレポートをし始める。

「しんかい6500」の前方へと集合がかかると、皆こぞってゾワゾワと移動し始めた。サクライさんによるマニピュレーターのコントローラーの・・・ああ、もうダメ・・・。真面目に言うと、マニピュレーターとはヒトで言うと腕にあたる部分で、その短い腕に7つもの関節を持っている。これを自由自在に動かして、ボクの大好きな深海生物やらチムニーやらをゲットするありがたいモノである。これを動かすためのコントローラーの説明なのだが、やはりそのモノよりも、サクライさんという生物に見入ってしまったのだ。

ドボドボと流れてるように見える汗
ドボドボと流れてるように見える汗

この日、整備場の中はとても暑かった。部屋に閉じ込められたヒトビトは揃って汗をかきながら、ハンカチやタオルで顔を拭っていた。しかしサクライさんから流れる滝のような汗がそれらの比ではないことに、ちょっとだけ笑ってしまった。ちょうど志村けんのコントに出てくるような、カツラの内側からドボドボ流れ出てくる水を、無意味にハンカチで拭きながら、なにかギャクを言っている光景が目に浮かんでしまったのだ。しかし、それが日常、それがどうした!と言わんばかりに、その中で発せられる声にも高温の熱が乗っかってきているように受け取れた。きっと吐息もそうとうな温度だっただろう。この写真には、

「ワタシは、しんかい6500が好きなのよ」

そんな気持ちがほぼ偽りなく表現された一枚だとボクは思っている。もちろんそんな熱さで、そんな声で、そんな話し方で、そんな話題の話をされたら、大抵のモノ好きはそれを自然に受け入れて、溶け込むように真剣に聞いてしまうものであり、実際みんなサクライさんを取り囲んで楽しそうにしている美しい光景を見ることができた。しかしここであるモノに目を奪われた。

ボクは見たんだ
その光の中で淀む
まったく異質の一点の闇を

必殺飼育人ことワツジさんのあさって
必殺飼育人ことワツジさんのあさって

レポーターたちを撮った写真に、たまたまワツジさんが紛れ込んでいたのだ。

「ワタシは、深海生物が好きなのよ」

と言わんばかりに、どこか違う方角を向いて何かを見ているようだ、いや、目を背けていると言った方が正しいのか。とにかく映り込んでいたんだ。それがほぼ偽りなく表現された一枚だとボクは勝手に思っている。しかしながら、まだこれは「必殺飼育人」の異名を取る姿の氷山の一角を見たにすぎなかった。

さて、いよいよこの部屋でのメインエベント「コックピットでいただきます」の時間がきた。これは事前情報にあったことだが、抽選で選ばれたたったの1名が、コックピット内から整備の様子や見学者の○○ヅラを見学できちゃうよ、もしかしたらマニピュレーターでサクライさんを捕まえられるよ、という「しんかい6500」ファンには夢のような企画であったに違いない。

するとヨシザワさんがどこからともなく現れて、「抽選ですが、既に御一方決まっておりますので」と言って、ある少年の名前を告げた。しかしボクはこの瞬間のヨシザワさんの言い方、顔色、態度、声質、メガネの色を見逃さ(せ)なかった。

これは一体どういうことなんだ
抽選が無かったとは言ってません

抽選はいつなのだ、それはどんな形式なのだ、自分が当たるに決まってる、あんたら辞退しろ、とかいった思いを封印しながら待ち望んでいたハズだ。さらにはこの「しんかい6500特別見学会」の選別前にも、ボクはマリンスノー(前記参照)の中でこのような希望を多数目撃していた。それに加え、絵に描いたように「子供が選ばれた」ということで、一気にこの部屋は闇に包まれたような気がした。

ここにいるのは大人であって大人ではない
ここにいるのは子供であって子供ではない

ボクはやはり童心のある大人の方が好きだ。しかし子供を蹴落とすような大人は好きではない。素朴で素直な子供が好きだ。しかし嫌に大人っぽい子供は好きではない。難しい問題だが、多かれ少なかれこういった葛藤が、この場にいる大人にも子供の方にもあったハズなのだ。

シモカワ少年が、その葛藤に満ちた海を下目に、冷たい金属の階段をゆっくりと一歩、また一歩と上がっていく。どんな想いで上っているのか。それは希望へなのか、絶望へなのか、分からないまま登頂し、先の見えないコックピット入り口の扉が開かれ、深い穴へ落ちていった。

個人的に、結果的には子供が選ばれて大変良かったと思う。

シモカワ少年をぴーちゃんが優しく導く
シモカワ少年をぴーちゃんが優しく導く

しばらくの間コックピット内から、マニピュレーターウネウネやライトのパチクリ操作、超イイカメラ自慢などが行われていた。みんなウヒャウヒャ、ヒョヒョヒョ、と楽しんでいたのだが、ここで密かにボクらをジワジワと追い込み続けていたある ”危機” が訪れた。

水がない

部屋は暑くなることが予測されるのでそのへん夜露死苦ぅ、と事前情報があった。そしてその通りの暑さだった。いや、ちゃんと750ミリリットルの大きめのペットボトルに水を入れて持参したのだが、これをボクと代表で共有していたため、既にオッパマの時点で半分ぐらいは飲み干していた。それを知りつつも底が尽きるのを恐れ、チビチビと口を濡らす程度で命を繋いでいたのだ。

上方から強烈に差し込む西日

消耗した最大の原因は、「しんかい6500」上方にある窓から照りつける日焼けさせるほどのパワーを持つ西日にあった。これがちょうど見学中のボクらに降り注ぐのだ。見てるだけだとさぞ美しく見えることだろう。美しいモノにはトゲがある、っていうのはここではイイんだよ?

汗が頬を這って落ちていくのが認識できるが、いくら確認しても補給できる残りの水は僅かであった。しかも今日に限って普段あまり水を飲まない代表が横でガブガブ飲んでいるではないか。これは敢えてやっていることなのか、エネルギー残量を気にしているようには見えない・・・ヤバイ。

もうダメだ・・・
意識が遠くなる・・・

ボクはここで逝くのか
それも悪くないな・・・
深海好きだしな・・・

よこすかしんかい・・・

ああ、ここは深海底か・・・
母船がなにか言ってるな・・・
しんかい了解

しんかいよこすか・・・
こちらバラスト投下できず
ドーゾ・・・?

「ではここで、2、3分の強制休憩を命じます」
「ではここで、2、3分の強制休憩を命じます」

「ではここで、2、3分の強制休憩を命じます」

「ではここで、2、3分の強制休憩を命じます」
「ではここで、2、3分の強制休憩を命じます」
「お飲み物も用意してありますので」
「お飲み物も用意してありますので」

「お飲み物も用意してありますので」
「お飲み物も用意してありますので」
「お飲み物も用意してありますので」

ぼんやりと見えたんだ

太陽から逃げられない雲の上で
それを永遠と浴び続ける蓮の上で

黄金にキラめいていたんだ
ヨシザワさんのあのメガネが

暑い部屋 後編 – しんかい6500特別見学会へつづく…

愛とチムニーの日々

深海にある熱水噴出域はね、極限環境って呼ぶんだって。
そうゆうの以外にも、違った意味での極限環境が思ったよりもずっと身近にあるんだよ。
例えばみんなが住んでいる家の中とかね。

 

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