暑い部屋 前編 – しんかい6500特別見学会からのつづき…
オアシスには、満たされた紙コップが大量に置いてあった。皆がその一点に集まり、次々と杯を乾かしていく。ボクは高速で4回手を伸ばし、麦茶2杯、ポカリ2杯を一気に飲み干すと気分が安らいだ。代表も隣で結構グビグビと飲んでいた(さっきまでボクの水まで飲んでたじゃあないか)。あらかじめ用意されていた非常事態用の椅子に座り、一息ついて辺りを見渡した。
すると、さっきからボクの視界に出入りしていた気になる方たちを見つけたので、この絶好の機会を逃すべく、ご挨拶をしに近づいた。
やはりミヤモトさんとカワグチさんだった。Twitterで度々お世話になったり、顔も写真で知っていたのだが、それ以上にこのお二方はボクにとって、もっと分かりやすい格好をしていた。それは初代「海底紳士スケおじさん」Tシャツ(前記参照)を着ていたからだった。初代というのは伝説の潜行の際に初めて登場したデザインのTシャツのことで、白地に大きな柄がプリントされている。そして現二代目のモノは、黒地に少し小さめの柄のモノである。このお二方が着ているのは、スケおじさんが注目を浴び始めた初期のレアモノなのである。二代目スケTが欲しい方はこちら
スケトリオ |
写真はこの場ではなく後ほど別の部屋にて、代表がミーハーっ気を発揮させて一緒に撮って頂いたモノだが、右の変なメガネのモザイクが入ってるのが代表で、変な顔を隠そうとしたらしいが、変である。左からミヤモトさん、カワグチさんなのだが、知的なオーラを持つ上にガタイが良く、やはり ”船乗り” なのだという雰囲気もあった。現場の研究者の凄みが感じられた。
そして当然のようにこのお二方にも異名があった。ボクが思うに、それらはある裏番長的な存在の方が命名してるような気がしてならないが、まったくもって定かではないのでここでは名前を伏せておこう。その方にとってはもしかしたら、このお二方には異名が付けやすかったのかもしれない。そういうお仲間なのだろうと勝手に思い込んでいる。
まずはミヤモトさんの異名だが、
秘法館系ギボシムシ
なんですかねこれ。
良く分からないが、ギボシムシはミヤモトさんの研究対象であり、画像検索すればどんな姿の生き物なのかぐらいは分かるが、とても卑猥な姿をしている。その卑猥さゆえなのか、それともミヤモトさん自身が卑猥だからなのか、卑猥で有名なアノ博物館の名前と見事に融合されている。(ボクは実際にお会いしたらなんとなく意味が分かったような気がした)
続いてカワグチさんの異名
海洋性ゴリラ(絶倫性ゴリラ?)
これは少し分かりやすいかもしれない。海洋性でも絶倫性でもなんとなく。絶妙な調和からか、親しみやすく自然に受け入れられ、心地よくさえ感じるほどだ。しかしご本人は、カワグッチ(Kawagucci)というのがお気に入りのようだ。ブランドの GUCCI が含まれているからだろうか。「Kawaguchi (not Kawagucci)」とか、論文のようなモノにも英名で書かれてあるのをよく見かける。ちなみにTwitterのアカウント名も「@the_kawagucci」だ。
JAMSTECという組織は未だに謎だらけである。
「しんかい6500」の前方へ移動し、緊張したが「どうも、深海マザーです」と恐る恐る声をかけた。するとボクらのことも既に分かっていたような素振りだったので、そのまますんなりと話し始めることができた。間近で初代スケTをマジマジと見つめると、スケおじさんはかなり色あせて薄くなってはいたが、なにか味や風格のようなモノを感じた。現場での風景を想像しながら、これがあのカリブ海での爪あとなのか、やっぱり本場のスケおじさんは一味違うぜ!と思っていたら、「普段着です」とあっさり言われた。なんと仕事着だけではなく私生活でも着用されていて、これを着て普通に街中でもどこへでも行かれるそうだ。これはボクの立場からしたら衝撃の事実であり、見習うべき事でもあった。
するとカワグチさんが、目の前にあるサンプルバスケット(マニピュレーターで掴んだモノを入れるカゴ)を指差して、「乗っかってもイイですよ?」と普通に言う。ボクらの感覚ではそんなことが許されるとは意外なことだったのでちょっと驚いてしまったが、こんな機会はもうあるまいと、迷わず飛び乗ってマニピュレーターに抱きついてみた。
ボクを研究室に連れてって |
さすがはチタン合金、ヒンヤリしていてこの部屋ではとても気持ちがイイ。なかなかの抱き心地である。このまま深い海へと連れて行ってもらいたいぐらいだ。そのままバックドロップを仕掛けようとしてもビクともしない。腕っぷしの強さも問題なさそうだ。異常なし。しかし実はこの腕、例えばチムニーの隙間などに挟まったりして不意に動けなくなってしまった場合に備え、カニのハサミのように根元から「自切」することができるのだ。そして腕だけを置き去りにし、本体だけは逃げ帰ることができるという、なかなか切ない腕なのである。ちなみにその時にサンプルバスケット内に貴重な深海生物などが入ってたとしても、それをも放り出して帰宅するそうだ。
この様子を見たカワグチさんと、しんかいレポーターの凄腕カメラマン風なおじさんが、「そこで寝てもイイんだよ?」と言って代表を煽ると、彼女は覚醒し、勇んでバスケット内へダイブした。さすがは元ダイビングインストラクターである。その光景はボクにはあの深海の巨大ヨコエビが横たわってるようにしか見えなかったが、代表曰く「採取された深海生物の気分になれて良かったわ」と、満足度はかなり高く、良き思い出になったそうな。
巨大ヨコエビ風な捕まり方 |
実はこの時、天からの救い(休憩時間)はとっくに終わっており、「しんかい6500」の側面でまたサクライさんが汗を噴出させながら、バラスト(重り)などの説明をしてくれていたのだが、前方にいたボクらの耳には何も入っていなかった。大変申し訳ないことをしてしまったとは思っているが、こちらも楽しかったのだ。ミヤモトさんもカワグチさんも一緒にヘラヘラしていたのだ。
ここでちょっと耐圧殻(球形のコックピット)の中が気になった。覗き窓の外側から内側の様子が小さくチラチラと見えるのだ。そこで恐る恐る首を伸ばして覗き込んでみた。ああ、なんかヒトがいるね、狭そうだね、暑そうだね、深海生物たちからはこう見えているんだねぇ、と思って首を引っ込めた瞬間、「ゴスッ!」と上の方から音がした。それと同時に後頭部に痛みも感じた。なにかと思ったら覗き窓の部分が少しえぐれていて、頭上にぶつけるところがしっかりと用意されていたのだ。誰かに「大丈夫ですか?(笑)」と聞かれたが、余りの恥ずかしさに、大丈夫なのかどうかはよく分からなかったが、とりあえず「大丈夫です」と答えた記憶が微かにある。
前方にはデンジャラスゾーンが存在する |
軽く打っただけで特になんでもないのだが、代表は爆笑し、周囲のヒトまで微妙に笑っているではないか。しかも良くみるとボクから少し距離がある。そうか距離をとったのか。関わりたくないということか。アタマがオカシイと言いたいんだね?アタマを違う意味で心配してるんだね?
別にただアタマをぶつけただけだ。
その場を離れ、独りで船体を眺め歩くことにした(ふて腐れたわけではない)。よく見ると至るところに生々しいキズがあり、どれも重度は違えど、それらはなにかを物語っているように感じた。
キズだらけの後部 |
たまたま近くをフラフラしていたワツジさんに、これは一体どういうキズアトなのか聞いてみた。すると潜行時に海底に降りた時や、チムニー周辺で微妙な操作をする際に方向転換などでぶつけたりすることがあるという。それによって生まれたキズらしい。そういえば伝説の潜行でも操作に関してそんな声が深海から響き渡っていたなあ、とあの時の興奮を思い出した。しかし脆くて柔らかくてボロボロなイメージのあるチムニーごときでこんなにも傷むものなのか。そんなこと言って、実はまだ公開できない未知の生物に攻撃されたとか、無事故とか言って実際事故だらけだったりとか・・・・・・
ボクらはこの時まだ知らなかったんだ
とても浅はかだったんだ
チムニーという物体を
チムニーという生き物を
知らなすぎたんだ
いよいよ次の部屋には伝説の潜行の際にゲットしたチムニーやあの伝説のエビなどが待っている。ボクはいてもたってもいられず、待ちきれずにあのエビは生きて持って帰って来れたのか、とワツジさんに聞いてみた。
「うん、死んでるよ、でも完全に飼育に専念できてたら生かせたね、エヘヘ」
こ、この自信が「必殺飼育人」の異名を取る所以なのか・・・!!!
ここでようやく、第一ワツジ班と第二ミヤモト班に別れ、真の班分けの意味を知るが、なんてことはないのである。異次元を通過したように、入り口とは違う口からゾロゾロと吐き出されて行く。この頃にはあの強烈な西日も少し笑顔を見せていた。
臭い部屋 – しんかい6500特別見学会へつづく…