愛とチムニーの日々

冷刀ヨコヅナイワッシャー誕生物語

ヨコヅナイワシを捕獲しました

その一報が届いたのは、初雪草が今にも朽ち果てそうな10月半ばのことだった。
初雪草は、北アメリカ原産の葉の縁が雪をかぶったように白く染まる様が美しい植物だが、寒い日本の冬を越えることなく枯れてしまう、なんとも儚い一年草である。

美しいままで終わりたい。
生きている者ならば、誰しも抱く希望ではなかろうか。

さて、どうやらサンシャイン水族館飼育チームが深海漁で世界7例目となる超貴重なヨコヅナイワシという深海魚をゲットしたらしい。
そこで、年始めのサンシャイン水族館恒例深海イベントゾクゾク深海生物2023に合わせてヨコヅナイワシの冷凍標本を展示(冷凍は世界初)するので、それに関連するグッズを制作してほしいとのご依頼だ。

だが、断る。

この深海魚は2021年にJAMSTECが新種として報告したばかりの謎に包まれすぎている魚なのだが、一見してただの魚である。
一般的に深海生物と聞いて想像するのは、奇妙な姿形をしているものであり、またそこが注目を浴びる部分でもあるので、ただの魚が注目されるわけがない。

嫌だ、無理。

グッズデザインの視点から見ても、唯一の特徴といえば、身体が大きいことぐらいしか見当たらず、生態系の頂点”トッププレデター”とはよく謳われているがそれがなんだというのだ、というぐらい掴みどころがなく、自らの意思でモチーフにすることは絶対にない深海魚であることは間違いない。

断る、ゼッタイ。

しかし、ウチに依頼してきたということは、そういうことであるとも言える。生物学的に重要な存在だが、グッズモチーフとしては誰にも相手にされない深海魚をどうにかしてほしい(助けて…)、なんとかして注目される商品にしてほしい(うるうる…)、欲を言えばバズらせてほしい(切実…)といった願いが、地縛霊の叫びのようにサンシャイン水族館チームからひしひしと伝わってきた気がした。

一旦そういう空気を感じ取ってしまうと、私は世界最弱民族「コトワレナイアン」に変身してしまうのである。

イワッショイ

ウチでの商品開発の始まりはほとんどの場合、名前が先にやってくる。
カップメンダコダイオウイカッターもその代表例だ。

商品名には「ヨコヅナイワシ」という和名を命名した方への礼儀としてできるだけそのまま残してあげたい。それから、何の生物が元になっているのかわかりやすくすることと、検索で探しやすくするための配慮が必要だ。そこでふと思いついたのが、

ヨコヅナイワッショイ

うむ、なんなのかがまるでわからない。
一体なんの掛け声を天から聞いたのだろうか。

早速行き詰ったところで、今度は本体の役割へと目を向けてみる。生物ならば必ず仕事をするはずなので、その内容を決めてあげなければならない。
魚は形状的にカップメンダコシリーズには組み込めないのでどうするか。

そこで見かねたウチの代表が「魚と言えばビッグマウスビリーバスでしょ」と大口を出してきた。ビッグマウスだけに。
ビッグマウスビリーバスとは海外製のおもちゃで、壁掛けのブラックバスが踊りながら歌い出すアレだ。

コレのヨコヅナイワシ版「ビッグボディビリーヨコヅナイワシ」を作ったらどうかと言うのだが、相変わらず無茶なことを言う人だと思いつつもヨコヅナイワシが歌い出したらちょっとだけ面白いような気もする。

しかも、ここで皮肉なことに代表のしょーもない思いつきだけのつぶやきがヒントになって閃いてしまう。

やはり魚は魚、魚の形は崩せない。ダイオウイカッターの仲間なら横型の魚を生かすデザインで組み込めそうだ。しかも、ダイオウイカもヨコヅナイワシも深海の巨大生物として共通項がある。今後もリュウグウノツカイなど他の巨大生物も加えていけるではないか、これはイケそうだ。
そうして孤立していたダイオウイカッターは、巨大生物をモチーフとしたペーパーナイフシリーズとして生を受け、新たに巨大深海魚であるヨコヅナイワシを加えてダイオウイカッターシリーズとして方向性が決定するのであった。

その名も、ヨコヅナイワッシャー。

そこへ、冷凍標本の”冷凍”と掛けた”冷刀”を付け加え、「冷刀ヨコヅナイワッシャー」の誕生だ。

造形デザイン編

早速、ヨコヅナイワッシャーの原型作りに取り掛かる。
ネット上で検索して資料を探すと、画像や動画も割と簡単に見つけられた。
ここからは少し深堀して、この深海魚はなぜヨコヅナイワシと名付けられたのかという部分に潜入していく。

ヨコヅナイワシは、セキトリイワシ科クログチイワシ属にあたり、セキトリイワシ科には全部で90種もいるらしいが、セキトリ=関取、ヨコヅナ=横綱で、どうやら相撲取りの話になるようだ。

遡ること江戸時代、相撲は人気のスポーツであり、その中でも強い力士である横綱は大名に抱えられ、武士と同等に扱われて刀を差すことを許可された。

強い関取=横綱=日本刀

この式が成立したこの瞬間、すべての謎は解けたのだった。

しかしデザインの肝は、魚のどこを刃にしてペーパーナイフにするかというところだ。
イワッシャーの”シャー”も意味がわからないので、シャー音を形で表さなければならない。

デザインを紙に描いてみると、どこを刃にするかで印象が大きく変わることがわかってきた。
尾びれを刃にしてしまうとなんだか貧弱で横綱っぽくないな。かわいいけど。

貧弱ヨコヅナイワッシャー

貧弱すぎて横綱感ゼロ

かといって後部全体を刃にしてしまうと、ソコボウズやスネイルフィッシュみたいな違う深海魚に見えてしまうではないか。

後部が刃のヨコヅナイワッシャー

なんか他の種でこういうニュルっとした深海魚は多いね

いろいろ描いているうちに、腹部付近の小さなヒレ2つを描くのが面倒くさくなってきた。このヒレはなんかショボいし、実は人間の足の小指と同じぐらい邪魔で要らないものなのではないか、きっといずれ退化してなくなっていくものに違いない、私の目を誤魔化そうとするとは貴様ただの巨大魚ではないな!と私の都合でヨコヅナイワシを責め立てた瞬間、なんとここがするりと伸びて刃と化した。

2つのヒレがシャーっと伸び、さらに途中で尾ビレと同化した、自称10年先を行くデザインの魚型刀剣「ヨコヅナイワッシャー」の形が決まった瞬間だった。

ヨコヅナイワッシャーの原型

腹部付近のヒレが進化して刃となったヨコヅナイワッシャーの粘土原型の完成

色彩デザイン編

次は色の決定だが、ここはまた別の問題が山積みだ。

ヨコヅナイワシの写真を見ると、頭やヒレ、鱗の一部が青く見え、またJAMSTECの発表でも頭は青く身体は黒いとあるので間違いないだろうと思いきや、今回サンシャイン水族館チームと共にヨコヅナイワシを捕獲した深海戦艦・長兼丸の情報では、身体は全体に茶色っぽく、青く見えるのは茶色い保護膜が剥がれたからだと言う。

なるほど、人が触った部分だけ保護膜や鱗が剥がれ、青い身体が現れることがわかった。じゃあ鮮度のよい状態の色は茶色なので茶色くしましょう、というわけにもいかないところがグッズデザインの難しいところだ。

もしヨコヅナイワッシャーの形で茶色にしてしまうと、おそらくお魚の形したビーフジャーキーかなにかにしか見えず、酒屋やペットショップに置くにはいいかもしれないが、それではツマミやオヤツすぎてサンシャイン水族館のお土産ショップのような売り場で販売するものとしては映えないのだ。

やはりここは青をメインに頭やヒレを染め、鱗は全体的に茶色にして所々剥がれた様子を再現し、そこを褒めてもらおうということで試作に至り、サンプルとしてサンシャイン水族館へ1匹のヨコヅナイワッシャーを送り込むことに成功した。

ヨコヅナイワッシャーの試作品

ヨコヅナイワッシャーの試作品

受け取ったサンシャイン水族館チームは一同にそのデザインに衝撃を受けたそうだが、でもなんかこの反応は以前にも見たことがあるな…
あ、そうだ、内輪で盛り上がるだけでお客さんにはウケないパターンだ…

のちのち公開されたゾクゾク深海生物2023公式イベントサイトを見てみると、やはりヨコヅナイワシのイラストやグッズなどは全て青く表現されているのを見て小心者の私はちょっぴり安心するのであった。

あとはこれを量産すればいいだけだね、勝ったね。
しかし代表の目は、私の濁りきったドヤ顔を見逃してはくれなかった。

刀に見えないね

日本刀などの刃物には、ウネウネっとした「刃文」と呼ばれる波打つ模様があるのをご存じだろうか。私は自ら日本刀にすると言い放ち、デザイン帳にも描いておきながら、これがないと日本刀に見えないと言っても過言ではないその刃文表現を、なんと面倒くさいという理由で端折るという大罪を犯そうとしていたのだ。

バレたか。
いや、いつもバレている。
闇でルーブルに出入りする悪徳美術商のようなその鋭く厳しい目には、いつも私の濁りとその先に見える売上金が映っているのだ。

ヨコヅナイワッシャーの試作品(刃文入れ)

しぶしぶ修正したヨコヅナイワッシャーの試作品(刃紋入れ)

パッケージデザイン編

いつも最後になるのがパッケージのデザインだが、今回はダイオウイカッターの基本デザインに倣ってヨコヅナイワッシャー的に仕上げればよいので比較的簡単だ。

しかもふふふ…初めからデザインのアクセントになるものも決めてある。
それは、動画に映り込んでいた船の甲板に散乱するヨコヅナイワシの剥がれ落ちた鱗だ。イワシというだけあって普通のイワシと同じく触っただけですぐ鱗が剝がれ落ちてしまうそうだが、それを青い鱗吹雪として船上に舞い上がらせれば、土俵に上がる横綱を彩る美しい和のテイストに仕上がるに違いない、ふふふ、楽勝。

印刷は、自前のプリンターではインク代が高くつく上に、そこまで綺麗には仕上がらないので必ず印刷業者に発注することにしている。
早めに発注して納期を長く取れば安く上がるのでさっさとやればいいものを、いつも後回しにして余計にお金を払ってしまうのが世の常だ。

縦長のパッケージデザイン

縦長デザインのパッケージ台紙
これを印刷業者に縦半分に折って届けてもらう

よし、ついに明日は千秋楽(サンシャイン水族館へ納品の日)。
あとは綺麗に印刷された縦長の台紙が届いたら、ムートン包装所に送って高速パッケージングしてもらえば二場所連続優勝で横綱昇進決定だ!!

ピンポーー-ン ポーンポーンポーンポーン
来た来た来た来たあぁぁビリビリッパカーッ

違った折り方で届いたパッケージ台紙(発注ミス)

違った折り方で届いたパッケージ台紙の束(発注ミス)

 

美しいままで終わりたい。
創っている者ならば、誰しも抱く希望ではなかろうか。

 

包装されるのを待ち続けるヨコヅナイワッシャーの群れ

包装されるのを待ち続けるヨコヅナイワッシャーの群れ

冷刀ヨコヅナイワッシャーは、2023年1月13日よりサンシャイン水族館内ショップ・アクアポケットにて先行発売されます。「ゾクゾク深海生物2023」イベント期間中の3月12日までは、同ショップにしか生息していませんのでぜひ潜入して捕獲ください。

愛とチムニーの日々

深海にある熱水噴出域はね、極限環境って呼ぶんだって。
そうゆうの以外にも、違った意味での極限環境が思ったよりもずっと身近にあるんだよ。
例えばみんなが住んでいる家の中とかね。

 

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