メンダコの深海潜航記念モデルが欲しいですね
そう依頼してきたのはFull Depth Studioのオーナーであるササミさん(仮名)だった。
ササミさんと私は古い深海友人(フカトモ)で、昔は「深海」と名の付くコトにはすかさず潜入し、「深海」と名の付くモノは売りさばいたり買い漁ったりしていたものだ。
今はと言えば、深海マザーのビジネスパートナーと言っても過言ではないほどの関係になりつつあってなんか変な気分なのだが、いつも突拍子もない商品アイデアを噴出させて作り手の私を楽しませて(苦しめて)くれる。しかし、アイデアも度が過ぎると事件に発展することがあることを私は経験から知っている。これから長々と書いていくことも、いつものササミさんの「言うだけならタダ」な発言によって引き起こされた、ある事件についての物語である。
それにしても「メンダコの深海潜航記念モデル」とは一体なんのことなのか。
Full Depth Studio:東京都渋谷区にあるニッチなテーマを配信することに重きを置く配信スタジオ。”Full Depth”は、世界最深部(現時点ではマリアナ海溝チャレンジャー海淵の10,983m)のこと。超深海(水深6,000m以深)を指す場合もある。テーマを深く、もっと深く、さらに深くと掘り下げていこうという想いを表した名前でもある。カラオケ設備もあるので歌っている姿までも配信可能。ちなみにスタジオはビル最深部(地下1階)にある。
Full Depth Studio 渋谷 ウェブサイト
それは、ガチンコファイト航海から始まった
2019年度から、JAMSTECで「ガチンコファイト航海」という企画が行われているのをご存知だろうか。2021年3月に第2回、間もなく2022年3月の第3回が行われようとしている。
企画名から内容が伝わりにくいかもしれないが、2000年頃に「ガチンコ!」という番組内で「ガチンコ・ファイトクラブ」と言うコーナーがあった。
この番組は不良少年を集めてプロボクサーを育成するといった内容で、ヤラセ番組として名高いこともあったが、当時は人気を博しており高視聴率をマークしていたことは記憶に古い。
「ガチンコファイト航海」という名前は、おそらくこの番組が大好きだった方が番組名からとったもので間違いないと思われるが、もちろんこちらのガチンコファイトはヤラセではなく、ガチである。
ガチンコファイト航海のプロジェクト概要にはこのように書いてある。
未来の海洋科学を支えるリーダー的人材の育成を目指して、専門高等教育課程前の学生を対象に、最先端の海洋研究現場での経験および教育を提供するプロジェクトを始めました。
第2回ガチンコファイト航海のページより
「ガチンコ・ファイトクラブ」の内容になぞれば、選ばれし学生たちを集めて母船「よこすか」に乗船してもらい、その者たちの中でさらに選ばれし者には、有人潜水調査船「しんかい6500」に乗って深海を体験してもらうことで、現場の感覚が刻み込まれた未来の海洋学者に育てあげることが目的である。
うらやましいではないか。
深海へ行ける人と言えば、パイロットや研究者、広報力のある著名人、億単位の寄附をくれるセレブリティーだけだというのに、なんと一般ピーポー、しかもステューデントに深海へ行けるチャンスが与えられるなんてうらやましい。
例え「よこすか」に乗れたとしても、世界最弱クラスの三半規管が悲鳴をあげて青白い顔で倒れ込み、「しんかい6500」に乗れたとしても重篤な閉所恐怖症のパニック発作に倒れるであろう私だが、それらを差し引いてもうらやましいではないか。
せめて第4回では、私にも参加資格のありそうなアーティスト部門やクリエイター部門なども併設していただき、深海研究を盛り上げられるパワーを持ちうる作品を創れる人の育成もしてほしいと願うばかりであるが、学生たちに混じって私とウチの代表のような異色なオッサンオバサンがはしゃいでいる姿を想像したらやっぱりいらないかなとも思った。
作品は、永遠だ。
と、ここまでガチンコファイト航海の紹介や愚かな願望などを書いてしまったが、私にはまるで関係がない
はずだった。
ササミさんがガチンコファイト航海に寄附をするまでは。
第2回からのガチンコファイト航海では、寄附を募るようになっていた。どうやら文科省から航海の予算が下りないようだ。確かに航海には多額の費用が掛かり、JAMSTEC横須賀本部から小笠原諸島まで、母船「よこすか」と有人潜水調査船「しんかい6500」を動かすだけで1200万円もかかるそうなので、簡単に承認されるとも思えない額だ。
そこで航海費用の一部を、一般の人からの寄附で賄うという新たな試みが始まった。この仕組みができるまでに長い時間を要したそうだが、誰でもよいので支援という形で寄附をすると、自分の名前が「しんかい6500」の船体に貼られ、そのまま深海へ連れて行ってもらえるというファン眉唾の特典まで用意されていた。
ところで、ササミさんも企業として寄附をされたそうだが、どうも額によって貼られる名前のサイズが変わるらしい。写真で「しんかい6500」に貼られた企業ロゴ(Full Depth Studioロゴ)を見たが、あまりにも巨大なサイズだったため、一般の方の名前群から大きく外れた不自然な位置に貼られている。一体どんな桁ならこのようなサイズになるのか、ますます気になるところだ。
そんなやり取りがされている中、ササミさんが「カップメンダコを深海に連れてって」と、JAMSTECの高井研さん(以下、ケン・タッカイ)に持ちかけたそうだ。
別に札束をヒラヒラさせたなんてことではなく、ダメのダメ元で言ってみただけで、例え実現したとしても「しんかい6500」に搭乗する誰かがコックピット内に持ち込んで夢実現!それでもこれ以上ないくらいのことだが、そもそも期待などしていなかったので記憶から消えていた。
カップメンダコという商品の性能の1つとして「カップの深さ12,000メートルまで対応」がある。パッケージにもそう印字するほどの重要な謳い文句なのでご存知の方もいると思うが、実はこれ、私のある悔しさの表れでもあった。
カップメンダコが深海の高水圧でも耐えうることを証明したいけど、いろいろあって証明できない
カップメンダコは製造時、型に樹脂を流し込む工程で真空状態にし、気泡を取り除く脱泡処理をしているため、高い水圧がかかっても潰れたり変形したりなどしない。
理論上は。
もしかしたら、カップメンダコ内部に目に見えないほどの微細な気泡が残っていて、それらが影響する可能性があるような気がしてならない。
ああ、なぜカップメンダコが深海へ行って無事に帰って来られるのかどうかわからないというだけで、これほどまでにモヤっとしてしまうのか、なぜそんな微妙な気持ちで日々を過ごさねばならないのか。
「だったら自分で無人探査機や水中ドローンなどにカメラ積んで確かめればいいじゃん」
「キミねぇ、そんな発想だからダメなんだよ」
「私はJAMSTECが所有する調査船で確かめたいのだよ」
犬の散歩中に独り言を言いながらモヤっとしていたある日のことだった。
ピーピーガーガー
カップメンダコとやらはサンプルボックスの蓋の蓋に使われ毎回潜航している。
特に変わりはない(樹脂だし)。
ガーピーブツッ
ケン・タッカイ(高井研)公式Twitterより
私は突然のその知らせに、戸惑ひを隠しきれなかった。
最初は「サンプルボックスの蓋の蓋」の意味がわからず、検索もしたところであまりよくわからなかったが、ガチンコファイト航海での様子が収録されたある動画を見つけることができた。
再生してみると、「熱水チムニーコレクション」とか「吾輩はチムニーである。名前はまだない。」とか深海熱水パワーを感じるワードから始まるのでつい一時停止してスクショなどしてしまうが、めげずに視聴していくと、確かにチムニーやらブラックスモーカーやらシンカイヒバリガイやらチムニーやらが登場するワクワクするような深海熱水映像の流れが止まらない。
最後まで視聴すると、なんだ、熱水で焼き芋を焼く動画だったのかと悟ってしまうのだが、その中のあるシーンで、毎日のように見ているフォルムのモノが目に飛び込んできた(言われなければスルーするレベル)。
なんとカップメンダコが「しんかい6500」に乗って、深海の、しかも海水に晒されているではないか。
その光景は目を疑うだけでなく、ガチンコファイト航海もヤラセなのではないかと疑うほどだった。
こちらが問題のYouTube動画。
再生すると4分37秒の地点から始まるが、そのシーンは3秒ぐらいで終わるwので、ぜひ最初からガチンコファイト航海のコンテンツとして視聴し直すことをおすすめする。
おそらく海が暗すぎるせいでお分かりいただけなかったのも無理ないが、画面右側の青い異物がそれだ。
日付は2021年3月25日、”D”は水深で1382mとある。
”A”はたぶん海底からの距離だろう。
この青いカップメンダコは、Full Depth Studioオリジナル「ヘイダル・サーマル・ダブルブルー」というなんのこっちゃ的な名前の種で、なんのこっちゃと言いながら私が名付けたレア種のことである。
しかも、「毎回潜航」ということは、正確な潜航回数は不明だが、実際に「しんかい6500」に乗って深海へ行けたガチファイター(選ばれしステューデント)が3名なので、カップメンダコは少なくとも3回も潜航したということになる。
そして3回も深海を行き来して無事だということはつまり・・・カップメンダコは深海の高水圧に耐えられることが物理的に証明されたのだ!
その瞬間、長年のモヤっとした気持ちがユラユラと噴出するホワイトスモーカーのように、私の背中からゆっくりと立ち上っていったような気がした。
これでやっと「やっぱりカップメンダコ、100人乗っても大丈夫!」と胸を張って街を歩ける。「カップメンダコって深海じゃ使えないらしいよ、えー使えねー」とか「深海マザーはただの蓋を売りつける詐欺グループ」とか蔑まれることもなくなり、誰からも後ろ指を指されず暮らすことができるようになったのだ。
ところで、ケン・タッカイの言うサンプルボックスとは、深海で採取したサンプル(例えば深海生物やチムニーなど)を入れるための容器のことで、それにはすでに蓋がある。そのさらなる蓋、念には念を入れる姿勢、これぞ日本が誇る安全係数の象徴だと言わんばかりに、カップメンダコはその重大な任務を与えられたようだ。
有っても無くてもよさそうで、無くてはならない蓋。
まさにカップメンダコそのものではないか。
その姿は、深海生物のように生き生きと、そして過酷な環境を生き抜こうというたくましさが感じられるように見えた。
ずっと私は勘違いしていたんだ
この「蓋の蓋」としての本当の役割を
この文章を書き上げた後、ササミさんからある写真が送られてきたことでその事実を知った。
それがこちら。
・・・サンプルボックスってそんなにおっきかったのね・・・もっとちっちゃくて円筒状とかの、もっとこう、それなりにカップメンダコがうまくハマるくらいの感じかなーなんて思っていたよね・・・ねぇみんな・・・
それにしても「樹脂なんだから確かめるまでもない」と言いつつ教えてくれたケン・タッカイ。ササミさんの大口寄附のチカラに抗えず半ば強制的に・・・とおっしゃっていたが、私にはそうは聞こえなかった。
彼は、長年の私のモヤっとした気持ちを汲んでくれた上で、カップメンダコという作品を深い海の底へ連れて行ってくれたのだろう、と勝手に信じている。
紹介が最後になってしまったが、ケン・タッカイはガチンコファイト航海の企画者であり、この航海の出席研究者でもあるのだが、「あのもしかして…新庄監督ですか…?」と女性なら思わず頬を赤らめてしまうような金髪にサングラスをちょい乗せしたギロッポンスタイルで、肩にカーディガンを羽織っていたかまでは思い出せないが先の尖った靴を履き「髪を黒くして科研費が下りるならします。でも髪で研究するんですか?」と文部科学大臣にまで啖呵を切りそうな方である。一見して研究者には見えにくいことでもよく知られているが、その彼の存在は、研究だけにとどまらず航海中の船全体に様々な影響と安心感を与えていることは言うまでもない。
また絶妙なタイミングとなったが、ちょうど3月3日から3月17日(ガチンコファイターの乗船は3月8日~16日)までの期間で、第3回ガチンコファイト航海が実施されるそうだ。今回でケン・タッカイはこの企画から引退する噂もあり、もしかしたらガチンコファイト航海はこれで終わってしまうのではないか、まさか「しんかい6500」まで引退してしまわないだろうかと少し不安になるが、とにかく乗船した全員が無事に帰港することを最優先に、願わくば大きな成果を持ち帰れることを、ぜんぜん関係ない立場から祈っている。
ガチファイターの未来に、栄光あれ。
Full Depth Studio 佐々木様、JAMSTEC 高井研様、貴重な写真を提供してくださったJAMSTEC Chong CHEN様、第2回ガチファイター 大上耕平様、すべてを把握しきれず大変恐縮ではございますが、ご協力くださった皆様に心より御礼申し上げます。
めんだこ6500が建造されるまで
そろそろ「メンダコの深海潜航記念モデル」の謎が解けてきた。
要するに、カップメンダコが深海へ潜航して元気に帰ってきた記念に、スペシャルなカップメンダコを作ろうということなのだな。
そうとなればまずはデザインだ。カップメンダコの頭を黄色くして、黒文字でどこかに「しんかい6500」と書いておけばいいか。いや「しんかい6500」と書くのはマズイか。以前にウチの代表が、ケン・タッカイから「法廷で会いましょう」と笑顔で牽制されてるし、JAMSTEC広報課の目の光り方も恐ろしい。しかしそういうことは置いといたとしても、そのデザインでは、目玉焼きにただ胡椒を振っただけの「めだまやき6500」に過ぎず、記念商品としてふさわしくはないのではないか。
仕方ない、あの手を使うか。
それは、既存のカップメンダコに別パーツをつけると言う禁断の手法だった。新たに別パーツを創作する必要があるため、手のかかることを嫌う私にとっては超深海の海溝へダイブするほど思い切る必要があった。
そこで初めにササミさんに提案したのはこちら。
なんですか。筋斗雲ですか。パイロットは孫悟空でスポンサーはペプシですか。しかし「しんかい6500」とカップメンダコのことをよく知っているササミさんに対して、どの程度のクオリティで攻めたいのかを伝えるにはこれで十分なはずだ(と思った)。
その後、勢いだけで手のかかる提案をしてしまったことを後悔しながらも、設計図は完成したのであった。
頭の黄色い部分は、しんかい6500で言うとコックピットへの入り口となる部分。後ろの何と呼ぶのかわからないヒレみたいなものにはFull Depth Studioのロゴが入っているが、雰囲気がJAMSTECのロゴにクリソツでたまらない。
実はFull Depth Studioのロゴも、深海マザーでデザインしたものなのだが、こんなところにこんな風にハマるなんて思ってもみなかった。ちなみに、このロゴは超深海に生息する巨大ヨコエビ「ダイダラボッチ(深海 ダイダラボッチ で検索してみて)」をモチーフにしたのだが、ヨコエビの深く潜り込もうとする姿勢の良さがこだわりだ。
カップメンダコの右腕のところに青いロゴが入っているのは、先述した「ガチンコファイト航海」での寄附特典を再現したもの。Full Depth Studioに納めるバージョンだけには盛り込むことになった。
こうなると、「しんかい6500」にどんどん似せていきたくなってくる。せっかくだからマニピュレーター(ロボットアーム)も付けてみるか。まてよ、そうなると捕獲物を載せるサンプルバスケットもないとおかしい。じゃあついでにカップメンダコが蓋をしたという蓋とサンプルボックスも・・・こだわり出したらキリがない。製作の都合もあるし、こだわり尽くして五万円ですと言っても面白くないので、ここはメンダコが自らの腕を使ってサンプルの採取が可能ということで、シンプルに落ち着いた。
それから、こちらも今回初めて挑戦する「デカール」という手法。よくプラモデルに付属してくる小さなシールみたいな水で転写させるアレだ。子供の頃、プラモデルを作る時のアレが大嫌いで、もともと付属していなかったということにして貼らずに完成と言い切るほど雑な仕事をしていたものだ。
しかし、この歳になって敢えてアレをやろうとしているということは、よほどこの記念商品に熱を入れているのだろう。
そして2022年3月、記念商品は発売されることになった。
めんだこ6500の裏設定(おまけ)
「めんだこ6500」は潜水調査船である。
敢えて「有人」は付けない。
潜水調査船には母船が必要で、例えばJAMSTECだと母船「よこすか」と有人潜水調査船「しんかい6500」の関係が有名だが、潜水するポイントまで母船が潜水調査船を乗せていくのが通常だ。
「めんだこ6500」にも母船がいて、「よこえび」という。「よこすか」と違うところは、「よこえび」は超深海の海底にしか停泊できないということ。
さらに、「よこすか」は海面に停泊した状態で「しんかい6500」を降ろすのに対し、逆に「よこえび」はすごく小さいので「めんだこ6500」に乗って海底を出発するのだ。
「しんかい6500」の最大潜航深度は6500メートルで、海面からゆっくりと深いところへ潜航していくが、「めんだこ6500」の場合は、超深海底から6500メートルの浅い地点を目指して浮上する仕様だ。
なので母船「よこえび」と「めんだこ6500」の母子は、「よこすか」と「しんかい6500」には難しい範囲の海域を調査することができる、次世代妄想フルデプス潜水調査船ということになる。
以上で設定を終わります。
めんだこ6500販売のご案内
エピソードが長くなりましたが、ようやく「めんだこ6500」の予約受付が開始できました。
ササミさんから依頼されたのは2021年5月なので、構想に10ヶ月も要してしまいましたが、無事に浮上できて感無量でございます。
深海マザーオンラインショップでしか捕獲できない代物で、一応は予約期間を設けますが、今回は少しゆるっとした感じでだいたい1週間から2週間ぐらいの間に、もう作りきれなそうな予約数に達したらひとまず終了とさせていただきます。また今後の再販もまったくの未定です。
理由としては、「めんだこ6500」は一隻6500円もするのですが、そのような価格帯のものを今まで販売した実績がなく、製作の面でも工数のかかるものということで、未知な部分が多いためです。
パッケージもいつになくこだわり、かつてないほどの高級感を放っています。
今回は、黒い箱に閉ざされた「暗黒のマトリョーシカ」とでもいっておきましょうか。
それではカップメンダコ深海潜航記念商品「めんだこ6500」、ぜひこの機会にエクストリームにお楽しみください。