愛とチムニーの日々

最終話 眠い部屋 – しんかい6500特別見学会

臭い部屋 – しんかい6500特別見学会からのつづき…

霧の中に見えたのは、子育てに疲れ果てた主婦が、椅子にもたれ掛かって呆然と天井を見上げるかのように座っている多勢であった。

ボクらは、この日最後の部屋となる、トークセッションの空間に迷い込んだ。そして一番最後にそこに座ることになったのだが、2人並んで座れる席は見当たらなかった。アッチ、ソッチ、コッチ、ドッチ?とまごまごしてたら、暑い部屋で代表をサンプルバスケット内へと促した少し恰幅の良い凄腕風カメラマンが「一つズレますよ」と言って、ニコニコしながらペアになるような席を作ってくれた。ボクがお礼を言うと、カメラマンは左隣から「温めておきました」と要らないギャグを飛ばし、ニヤリと笑った。ボクは苦笑いでそこへ座ると、ムアッという熱気を感じた。不愉快な程にそこは温まっていたが、愛を受け取るからにはボクも痛みを伴うべきだと思い、熱が冷めるのを待った。

ヨシザワさんが、この部屋でこれから行われることの大まかな説明をしている。

カワマさん(異名不明)は、元「しんかい6500」のパイロットで、この場の主役を務める。今日は世界の潜水艇についていろんな話をしてくれるそうだが、すっかりテンションを下げてしまっているしんかいレポーターたちは大丈夫なのだろうかと少し心配していた。

ひたすらしゃべり続けるカワマさん
ひたすらしゃべり続けるカワマさん

話が始まると、皆あらかじめ渡された資料にメモを取り始めた。どうやら心配は無用だったようだと安心したその時だった。となりのカメラマンがガクンと堕ちた。それも自分の腹に頭が付くほどにだ。大事なカメラまで手放そうとしている。さっきまであんなに熱を発してたではないか。そのせいでとうとう干乾びて、クマムシの乾眠状態に入ってしまったのか。だとしたらボクのせいかもしれない。やっぱりさっきのは ”愛” だったんだね!?

その間にも話はどんどん進んで行くが、次第に周りの時間も停止していく。ついにその暗黒のなにかがボクの身にまで襲いかかってきた。

実はこの部屋、展示室(前記「臭い部屋」参照)の一角なのだが、ここから見える風景の中に、カワマさんが話に使用するモニターよりも、遥かに大きなモニターが上方に4画面ぐらいあって、そこには深海生物の映像がゆったりと流れ続けていた。

上方には深海生物が蠢いている
上方には常に深海生物が蠢いている

まずこれが第一の大きなネムリン効果である。
ナマコがゆっくりと身体をクネらせて泳いだり、カニがスローモーションでなにかをついばんでいたり、ナガヅエエソがピタリと静止して長いヒレをユラユラと漂わせている。ボクのほとんどはこれに吸い取られ、ゆったりとした気分に浸り、話に集中することができなかった。

しかしこんなこともあろうかと、ボクらはスマホのボイスレコーダーアプリを使って、終始この様子を録音していた。聞き逃したことがあってもこれさえあれば問題ないのだ。帰宅後にその再生をヘッドホンで聴いてみて分かったんだ。その場では気が付かなかったんだが、本当に僅かな音量でヒーリング的な音楽が流れ続けていたのだ。
間違いない、これが第二の大きなネムリン効果である。

ここでおさらいしてみる。

  1. 涼しい(適温)
  2. 暑い部屋での消耗
  3. 尻が温かい
  4. 隣でクマムシ乾眠
  5. 坦々と進む潜水艇話
  6. ゆったり深海生物鑑賞
  7. 無意識に聴くヒーリングミュージック

これだけ有力な条件が揃う中で、眠くならないヒトがいるわけがない。もしいたらそのヒトは深海生物である。代表もちょくちょくボクに無意味なことを話しかけてきたことを考えると、彼女なりに必死に眠気と闘っていたのだろう。

しかしこれは言い訳に過ぎないので、この場を借りてお詫びします。

カワマさん、すみません

一通り話しが終わったようで、クエッションタイムに突入した。しかし、シーンと静まりかえる中で天に向かう指はない。最初にそれをするにはちょっとした勇気がいるものだ。その空気を察してか、すかさず後方から広報の(キタコレ)ヨシザワさんが質問を投げかけた。さすがだと思いつつ、この時ボクはヨシザワさんの方を見なかったが、絶対にメガネがキランッと光ったハズだと、経験から確信してはいるが、今では見なかったことをとても悔やんでいる。

案の定、皆その後からは手を挙げやすくなったらしく、次々とキノコのようにピョコッ、ピョコンと挙がっていった。2、3本カブるぐらいの勢いであった。ボクも質問しようと思ってたことがたくさんあったのだが、眠気に勝てずに時間が終了してしまった。

手の空いてそうな今日お世話になった方たちに、お礼をしてから部屋を出ようとする時に、ボクがずっと欲していたモノをいただいた。それは伝説の潜航に使われた光ファイバーケーブルの切れ端だった。夕日を浴びながらしみじみそれを見つめると、いろんな想いが甦る。それを深く噛み締めながら、待ってくれている大きな箱に乗り込んだ。
そして降りると同時に、ボクらはCoCo壱番屋へ駆け込んだ。

ボクはこの時まだ知らなかったんだ
このあと密かに待っている
エクストリームな仕打ちがあることを

なにかを届けてくれた線
なにかを届けてくれた一本の線

このような機会を与えてくださったJAMSTECの皆様、並びに関係者の皆様に深く感謝いたします。

とても楽しかったので、今後もなにが成されるのか楽しみにしていますが、今回ボクは主に研究員の和辻さん、宮本さん、川口さんとお話させていただきましたが、あの方たちの持つ魅力的な個性をもっと引き出して、それを引っ掻き回せるようなリーダー的存在があの場にはなかったような気がします。もしおられたら、レポーターのみなさんももっと笑えたり気軽に接したり、そして眠りを妨げられた可能性もあると思います。そしてJAMSTECとボクらの距離ももっと縮んだのかもしれません。これからまったく新しい層の人達を引き込む唯一の手段は、もしかしたらそのようなことなのではないか、そう思いました。

これがボクのたった一つの正直な感想です。
有難う御座いました。

愛とチムニーの日々

深海にある熱水噴出域はね、極限環境って呼ぶんだって。
そうゆうの以外にも、違った意味での極限環境が思ったよりもずっと身近にあるんだよ。
例えばみんなが住んでいる家の中とかね。

 

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