吐きそうだった。
誰も教えてくれない。開催が迫ったイベントの準備をどこまですれば良いのか分からず、吐きそうになっていた。出演を控えた代表も機嫌が悪そうだが妙なテンションだ。何日も泊まり込みで強制労働させられているワカメンも日に日に髭が濃くなっている。このままでは当日を迎える前に全滅してしまう。乗り切る手段を考えながら頭を抱えていたところへ、別の意味で吐きそうになる一声の無線が入った。
至急応援要請、ガッ
深海マザーズ、深海漁に出よ
ガガガ・・・ブツッ
テクノさん(仮名)が深海漁に出てみないかと誘ってくださった。彼は、本業(不明)をしながら某科学館に潜入し、お客さんへ自然科学のおもしろさを伝え、子ども心をガッチンするためには手段を選ばず、とうとう深海マザー商品にまで手を染めて闇の布教活動をするも、商品は無視され苦戦を強いられているという噂も聞いた事がある程の方だ。室内に溜まった黒い負の空気を換気出来る可能性を秘めた深海漁という小旅行にお声をかけていただいたのはとてもうれしかった。
しかしながら、ボクは「少年酔い易く学成り難し」である。子供の頃に釣り漁船に乗り込んだはいいが沖合いで酔って倒れ、幼くして人生がどうでもよくなった経験を持ち、さらに青春期には東京湾フェリーの浜金谷から出港直後、デッキから海面を見下ろすと大群で浮かんでいるミズクラゲを見ながらうねりに襲われ、クラゲなんかどうでもよくなった経験まで持ち合わせていた。遠足のバスでも備品のエチケット袋を消費して貧しい気持ちになった事もあり、ごくたまに自分で運転する車にも気分を害する場合まであるという、特に乗り物酔いをする体質に生まれてしまったようだ。
嫌だ。
このような時は大抵の場合、代表がノリノリピーになってあらゆる手を尽くしながらその世界へとボクを引きずり込もうとしてくるのは自然現象だ。こういう時に限って船酔いの原因などを熱心にネットで調べ、三半規管がどうこう、寝不足がどうこう、食事の内容がどうこうと簡単に出来る対策を羅列して、この深海漁がいかに安全で、楽しく、美しいものかという事を猛烈にプレゼンテーションしてくる。
別に。
最終兵器を出してきたのか、よく効く酔い止め薬を提案されたのだが、コレが自分の中で最も効果が高そうだった。成分などどうでもいいから酔いが発動しないと謳われているモノを体内に取り入れる事で、心因性としての働きが期待できる。そしてクチコミで効くと言われてれば言われてる程、効果は高まると思われる。情報を元に自分なりの分析をした結果、「アネロン」という酔い止め薬が浮上した。パッケージもまたオモカジいっぱ~いカタタタタタタ…な感じでソレっぽくていい感じだ。乗船前に飲んでおけば大丈夫だろうと思えるレベルを超えてこれでイケる!と感じたのだが、既に信号名「地獄一丁目入口」で青になるのを待たされていた事は感じておらず、代表の策略にまんまとハマっていたのだった。
いきましょう。
アネロン「ニスキャップ」 6カプセル
出発(デッパツ)当日、努力はしたが3名とも2時間の睡眠で漁に挑んだのは、2014年11月3日の事だった。体調は東名高速道路由比インター付近まではエクストリーム危険度で言えばレベルフォー「危険」だったが、アネロンの存在を想うと、到着直前にはレベルスリー「普通」か、レベルツー「安全」ぐらいまで持って行く事が出来ていた。目的地はあの深湾・駿河湾を望む、静岡県は焼津港近くの小川港である。
ほんの少しの尿意ですら船上では命取りになるという。集合場所から一番近いコンビニでそれぞれ最後の尿意を破壊してテクノさんの元へ向かうと、たくさんの漁船が並ぶ漁港の景色が広がり、同じ船に乗って戦いを共にする「同期の桜」がたくさん集まっていた。主催者テクノさんによる説明や注意事項を受け、いざ駿河の深海へ!富士山こんにちは!出でよオオグソクムシの大群よ!!と船を漕ぎ出そうとしていた。
戦艦・長兼丸に刻まれた「深海力」の文字をバックにデッパツ 左:ワカメン 右:ボク 撮影:代表 |
さて、今日の我が身を預ける戦艦・長兼丸(ちょうかねまる)だが、船の主がまだお見えでない。しかし、どのような方なのか噂だけは知っている人だった。風の谷のナウシカ出演の大婆様風に言えば、「その者桃き漁師エプロンを纏いて駿河の湾に降りたつべし」のヨコハマおもしろ水族館名誉館長である深海おじさんこと長谷川久志さん(以下おっちゃん)と、「その者白き眼鏡を纏いて駿河の湾に降りたつべし」の同館深海プロジェクトディレクター長谷川一孝さん(以下カズタカさん)の漁師親子で、今では水族館名物となっている深海ザメ解体ショーのパフォーマーとして大活躍中のお二人だ。
この時まで、これは超個人的な印象というかただの偏見の塊 ”だった” のだが、ヨコハマおもしろ水族館に行った事もなく、お二人にも会った事がない上で遠目から眺めていると、ピンクの衣装とド派手なパフォーマンスで観客の目を惹き、なんとなくチャラチャラしているように見えて、なんかね~どーなんだろね~というのがずっとあって、実は参加をごにょった理由の一つでもあったのだが、漁を終えた後の長谷川さん親子と対面して、ドラム缶にコンクリート詰めされて駿河湾の海底へ沈められ、深く反省する事になるのである。
そうこうしていると向こうから白い軽トラが猛スピードで突っ込んできて駐車場で停まった。ドアが開くと長谷川さん親子が降りてきたが、どうみてもヤ○ザのようにしか見えない。同じ船に乗る桜としての杯代わりなのか、各自自己紹介をする事になってしまった。
ワカメンが今日もスケおじTシャツを着ている事をキャッチしたテクノさんの布教が走り出す。長谷川さん親子に対してスケーリーフットという熱水噴出孔の深海生物をぶつけるがポカ~ンとしている。なんとなく予想はしてたが、深海漁師とはいえ長谷川さん親子はスケーリーフットを知らなかった。さらには、スケおじのデザイナーが深海マザーとなって暴走し出し、もう手に負えない状況になっていたが、おっちゃんの興味が突然どこかへそれて長兼丸へ乗り込んでいった。「はえ縄漁」という漁法で使用する筒状の仕掛けが既に仕掛けてあり、それをこれから引き揚げに行くようだ。あの憧れの深海生物やこれまで見た事もない深海生物が入っているに違いないとテンションが上がり始め、酔う酔わないの事など完全に頭から外れていた。
オレンジ色のライフジャケット、着用ヨシ。
ワカメンだけ青色のちっちゃいライフジャケット、着用ヨシ。
いざ・・・・・・
突然のエクストリーム |
晴れてはいるが海風が少々肌寒い11月だ。この距離を渡るのはちょっとだけ足がプルプルしそうだが、半分ぐらいまで行ければ万が一どっちかに傾いてしまっても船に向かってダイブすればなんとか海には落ちずに済むだろうというシミュレーションが終わったとこで、いざ・・・・・・
おーーーい、もっと船寄せてやれ~
おっちゃんの一声で戦艦はみるみる岸に寄せられて板っぱちなんかいらなくなってしまったが、一体なんだったのか・・・これもパフォーマンスの一貫だったのだろうか・・・と思いながら無事潜入成功し、船は徐々に岸を離れ、船からの景色はどんどん青さを増していった。
ボクらのような都会暮らしでは味わうことの出来ない非日常を満喫しながら長兼丸艦内を探検してみると、これまた実に非日常的なものが普通に転がっていておもしろかったので、マイコンパクトデジタルカメラがその光景を捉えた。
陸が遠のいていく・・・ |
その辺にアオザメが突っ込んで死んでいる フカヒレは高級食材で有名だ |
深海生物テヅルモヅルが天日干し、というか放置されているだけ ヨダレが出る深海生物マニアもいるだろうが、強烈なオイニーを発し続けている |
船のトイレ しっかりとした形ある大便をしないと大変な事になりそうだ |
だいぶ沖へと来たようだ。駿河湾の深場は陸からかなり近いと聞いているが、深海の頭上はまだだろうかと深海に少しでも近づける事を楽しみにしていた。しかし気持ちがいい。視界には空と海しか映らない。こんなにも開放的になれる空間もなかなかないだろうと思いつつ、戦艦がうねりで大きく揺れているのを先程から感じていながらも感じないふりを続けていた。
富士山が傾くほどに揺れている |
陸にいる時にテクノさんが遠くを見ながら「沖に出たらみんなダウンですね」と悪魔が囁くように言っていたシーンがほんの一瞬だけ頭をよぎったが、やっぱりあれは悪魔系ヒソヒソ話だったと思ってひたすらにそれを掻き消していた。まだ目的地にすら着いてもいないのに今からそんな事を考えてはいけない。しかし、揺れている割にはぜんぜん大丈夫ではないか。なんにも問題ない。あるわけがない。代表もワカメンもこの通りだし、なんにも問題ない。
ガッと足を開いて甲板に固定し、スマホで何者かと交信を取る代表 なんにも問題ない |
おっちゃんの桃色エプロンに対抗した桃色レインコート(たまたまこれしかなかった) 表情と指の角度がおかしいけどなんにも問題ない |
ところで、おっちゃんやカズタカさんは船の舵をとりながら、どこか遠くの方を見つめ続けている。海の男の目だ。どうやら仕掛けをセットしてあるポイントへ向かって、この広い水平線の彼方に目印を見つけようとしているのだったが、なんだか船の一角から怪しい臭いがしてきたのでそっちの方を見てみると、なんだか怪しかったがなんにも問題なさそうだ。
臭いの素 左:代表 右:ワカメン |
あれだ!
おっちゃん達が叫ぶ。
どれどれ!?
なんにも見えない。見えるのはさっきからずっと変わらず波打つ海面だけだったが、ターゲットを目視したおっちゃん達だけは安心したのか、厳しい表情を崩してニヤニヤし始めた。後は到着を待つのみという感じだったが、うーむ、見えない。それからしばらく走ってもまだ見えなかったので諦めて富士山などを望んでみたり望むふりをしてみたりしていたら、同期の桜の一本が「あった!」と叫んだ。今度こそ、
どれどれ!!!?
あった!!!
みんなが同じものを見て叫んでいた。
「その者桃き漁師エプロンを纏いて金色の野に降りたつべし」 遠くの真ん中に見えるのが目印のブイ |
ターゲット確認ヨシ!ヤツがどんどん近づいてくるぞ!総員砲撃に備えよ!ブイの目の前で戦艦が停まる。二階から落とされるような高低差の揺れに襲われながら、桜達は土に根を張るように掴まれそうなところを見つけてしがみ付いていた。予測のつかない波しぶきが船の前後左右から高く打ち上がって宙をキラキラさせている一方、ボクの非防水タブレットも海水を浴びてキラキラと光を反射させていた。こんなエクストリームの中にも関わらず、背後にいた代表の様子がおかしい事に気が付いた。酔っ払っているのだろうか。あんだけノリノリピーで余裕かまして「絶対に酔い止めを飲んではいけない深海漁」だの「絶対に吐いてはいけないマグロ漁船」だの勝手に企画してボクらに圧しつけ遊ぼうとしていた張本人が軽く青ざめているではないか。これが代表の責任なんだね?とボクはぜんぜん余裕でうひゃうひゃしていた。
ターゲットのブイ この下に深海へと続くロープが深く深く伸びているのだ |
初登場、長谷川さん親子が仕掛けをたぐり寄せる 左:白き眼鏡を纏いし…カズタカさん 右:桃きエプロン纏いし…おっちゃん |
いよいよ深海生物が捕えられた仕掛けが揚がってくる。垂れているロープの長さは数百メートルあるそうだが、本などで「深海数千メートル」という単位を見慣れているせいか、感覚もないくせに数百なんて浅い浅いと思っていたので、未だ感じた事の無い ”深海” という距離を、ボクは完璧に測り間違えてしまっていた。
機械で引き揚げながらも、えんやこ~ら~と手で丁寧にたぐり寄せてロープをまとめていく |
数分ぐらいだっただろうか。みながゴクリと息を飲みながら今か今かと待っていたのだが、たぐってもたぐっても揚がってくるのはロープだけで、仕掛けがまったく揚がってくる気配がない。おっちゃんの表情も淡々としていて、だれも口を開く者はいなかった。
この沈黙の時間と、単調なロープワーク、ヤバイ・・・なにかがヤバイ・・・・・・!
キタ…
キ出した…
徐々にキテます…
キてます…キてます…
とうとうキてます…
これが
酔いという名の敵兵です
ついに、深海の深さ、深海の真の恐ろしさを知らしめる最大の敵が現れてしまった。い、いや、いいやまだだ、考えたらヤツの思うツボだ。大丈夫だと決めて頭を外せ。しかしキているような気がす・・・いかん!アネロンはボクの細胞にしっかり取り込まれているのだからなんにも問題な・・・ぐらっ・・・・・・チャチャチャチャーン♪
貴様と俺とは 同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
咲いた花なら 散るのは覚悟
みごと散りましょう
国のため
―同期の桜
※ この記事はアネロンの効果を評価するものではございません。
極限状態のボクはなぜか正座をしている ボクの背中だけになぜか「ヤスオカ」と書いてある 誰だよヤスオカって…キてます… |
この様子をワカメンに察知され、それが自然に代表へと伝えられたせいで、「なんだよあの顔色wwwヤベーよwwwww」と近寄ってきやがったが、顔色は青色を通り越した白色が黄色くなったような、黄色人種を超えた黄色人種のような肌の色だったらしくてボクは微動だにできなかった。ただ、本能的なのか絶対に「酔った」とだけは言っちゃいけない、認めてはいけないような気がしていたので、一人無言でこの場をやり過ごそうと思っていたのにいちいち話しかけてきやがって、「話しかけんな……」と力を振り絞ったら「ヤバイよそれなんなん?www」と言ってきやがった時につい「酔った」と言ってしまい、ボクの桜の花びらはみごとに散った。
それからは、遠くの大陸から一寸たりとも目が離せなくなっていた。同時に代表の酔いは消え去ったらしくてうひゃうひゃし始めていやがった。いつもそうだ。伝染された。すぐ隣では、お目当てのオオグソクムシが大漁のようで、仕掛けの筒からどんどん出されているのに。
ドボドボドボッ!おおお・・・! 見ては、いかん、すぐ近くを見てはダメだと陸へ目を戻す |
仕掛けにギッシリ詰まった深海生物 脇の小さな穴から顔を出してしまっているヤツもいた しかしすぐに陸へ目を戻す |
これだけいると勝手な行動を取り出して口から臭いモノを出す者もいる すぐに陸へ目を戻す |
おっちゃん達の手に掛れば、オオグソクムシだけを狙って捕獲する事ができるという。しかし、他にもひょろ長いコンゴウアナゴという深海魚がたくさん混じっていた。彼らがこの筒に入るのは稀なことだそうで、思わぬ獲物におっちゃん達はうひゃうひゃしていたのだが、ボクは密かにヌタウナギの同時大量捕獲を想定し、初めてのヌタ遊びをしてみたかったので、話が違うじゃないかと聞いてみたら「ここにはいねーし狙ってねーからな」と言われて、おおお・・・と漏らして陸に目を戻した。
おーい、波のゆるいとこまで行ってやれ~
船のエンジン音に混じって希望の声が聞こえてきた。そ、そう、漁が終わったんなら早く行ってやってくれ・・・早くしないとみんなもヤバイ・・・。実はボクの他にも座り込んだり倒れ込んだり青くなっていた桜達もいたのだが、大人の桜はそれを必死に表に出さないようにしている。その空気を読み取った代表とワカメンの暴走はなおも続いていく。
陸から目が離せないボクに、どうでもいい写真を撮れと迫ってくる代表 ワカメンがその背後から見ているのがなかなかキモちワルい |
グソクに混じって魚の口の中に寄生するタイノエがいた ホラホラ、こうやって口内に掴まってるんだよ?とワカメンが言ってくる 掴まっててなかなか取れないらしい |
この辺りは酔いに支配されていてほぼ記憶がないのだが、後で聞いた話だと代表が写真を撮るために「いいからいいから!」とタイノエをボクの口の中へ入れたらしく「もっと右っ!」「もうちょい左っ!」「少し出せ!」など意識の薄れたボクに指示を出し、吐きそうになりながらもボクは自らタイノエを動かしてベストポジションを取ったという。寄生者が宿主の脳を操って自在にコントロールするという生物の話を聞いた事があるが、寄生したのはタイノエではなく、実は代表がボクの脳に寄生して身体をコントロールしていたのだと悟り、これが本当の意味での寄生なのだという事を身を持って体感したのだった。ちなみにこのタイノエぜんぜん生きてるんですよ?
とうとう寄生されました |
寄生されたせいで、エクストリーム危険度レベルファイブ「エクストリーム」に達し、ついには視界も歪み始め、空と山と海が分裂を開始して動き始めた。しかし、この事実を口に出しても信じてもらえず、代表が「あっちの富士はどうよ?」と言うので目を移すと、日本一美しいと言われる富士山は二つ並んでそびえ立ち、同じように動いているのが見えた。このような病状や寄生を訴えれば、海保や救急ヘリはここへ助けに来てくれるだろうか。
エクストリーム・ビジョン 空と海は左へ動き、山は右へと動いていく |
もうダメだ・・・こんなにも微量な尿意がこんなにも不快に感じるなんてもうダメだ・・・と本当に微量な尿意を感じ始め、今後の人生がもうどうでもよくなってきた頃、なんだかだんだん揺れが穏やかになってきたような気がすると同時に、空や山や海も動きを止め始めていた。やっと近づいてきたのか、あの約束の地が。
ああ
なんて心地がいいんだろう
やはり生命はこの海で生まれたに違いない
みなここで生まれ
ここへと戻っていき
重く背負っていたものを降ろすのだ
こうして、さっきまでのはなんだったのかと思うぐらいみるみる回復してきて人生をやり直したくなってきた。桜達の復活を見計らっていたおっちゃんの「みなさんに発表がアリマース!今日の揺れは今までで一番ッッッ!笑」というヘラヘラ感に、うそだ!またこの船に乗せるための罠だ!と魂が反応したのはしょうがない。
獲物の仕分けが始まった こう見るとみごとにオオグソクムシとコンゴウアナゴしかいない やっぱりバケツだよね |
桜のエサの時間になり、おっちゃんは、獲れたて素材の特製漁師料理「オオグソクムシの煙突焼き」を振る舞うという。この広大な景色の中でやり直した人生初の食事を摂るのだ。食欲があるとはとても言い難い状況だったが、せっかくのオオグソクムシ、食べてみたかったし良い機会だったのでいただいた。
割れた腹筋のように見える腹がパンパンに膨らんでいる |
その腹を掻っ捌くと内臓が出てくる 筒に仕掛けられてたエサのサバが入っている これは取り除かないと危険だそうだ |
網のケースに入れられ、船の煙突で燻されるとまっ黒になる |
包丁でザクン!ザクン!できあがり |
うまい!
エビやカニと同じような香りが強烈かつ濃厚に香ってくる。身が少ないのでほとんど食べるところはなかったが、みそ汁のだしにしたら絶対にうまいと確信した。殻も出来るだけかじり潰してみたが、唐揚げにでもしない限りバリバリと食べられそうもなかった。こんなシュチュエーションでは何を食ってもうまいとは思うが、それにしても大変おいしゅうございました。ごちそうさまでしたと残った殻を海に放り投げ、誰かが食べるのを期待した。長らく戦ったあの酔いはもうまったく感じられなくなっていた。
気が付いたら帰港していて、なぜかワカメンがカズタカさんと一緒に船を岸に着けてロープワークをこなしていた。髭もさらに濃くなったような気がするが、ここからは例の深海ザメ解体ショーの時間である。おっちゃんが残念そうに「今日のは冷凍なんだよー」と言いながら捌き始めたが、今日の深海ザメはサガミザメというサメだそうだ。捌きながら突然飛び出してくる豆知識のようなものを同期の桜達が一生懸命拾いながら、サメの行方を黙ってみつめ続けていた。
巨大な肝臓を取りだした 肝油に使われるという |
サメの部位を次々に切り落としてはポーン、ポーンと放り投げているのだが、部位によって船の甲板に投げたり、背後の海に放り投げたりしている事に気が付いた。何か意味があるのだろうか。観察しててもあまりに自然すぎて分からなかったので聞いてみると、これは鳥が食うんだポーン・・・これは魚が食うんだポーン・・・これは誰も食わねんだベチャ・・・とやっている。サメの死体をとても雑に扱っているように見えて、これは実は獲ったサメへの敬意であり、他の生き物への愛でもあり、感謝であるように感じた。しかし、海に落ちた部位の行方を追ってみたら、確かに一羽のカモメが飛んできて掴んだものの、ポトンと落として飛び去っていったのを目撃してしまったので、「あの・・・カモメが落としていきましたけど・・・」と言うと、「あいつら朝食ったから腹いっぱいなんだよ」と言うので、魚が食いに来るかと期待して沈みゆく部位を見ていてもただ沈んでいくだけであった。「あの・・・」とは聞かなかったが、きっと海底まで落ちて底生生物が群がって食ってるに違いない。そうだよねおっちゃん。
最終的にサメは白身の刺身として紙皿に切り分けられ、みんなでつつくように平らげたが、冷凍だったせいか微妙な食感を残して喉の奥へと消え、身体の一部となった。冷凍だという説明があったが、おっちゃんは捌いてる途中で切り心地に違和感を感じたのか、「なーんかおかしいと思ったら冷凍じゃねーかこりゃ!」とキレていた(笑)
それと、焼津ではサバ漁が盛んだそうだ。長兼丸よりも遥かに大きな船で漁をするのであいつらには敵わんと嘆いていたが、おっちゃんはサバが一番好きだと言い、寄生虫のアニサキスも一緒に食べてしまう事も多く、あんまり意味は分からなかったがどういうわけか「脳天キターーーーーーーー!」となって頭が痒くなってしまうエクストリームな症状が出るらしい。その度に病院で点滴をするらしいが、何度そういう思いをしてもその旨さからサバはやめられないらしい(笑)
最後に、おっちゃん達が獲った ”深海ザメ” について一人一問強制コーナーへと差しかかった時、誰もが深海ザメに関して質問を投げる中、代表からの突然の「マンボウも獲るんでしょうか?」発言に場内がどよめくも、おっちゃんは「あぁ・・・マンボウねぇ・・・昔はテレビに映すためだけに獲って捨てちゃうような事もしてたけど、最近はかわいそうになっちゃってねーもうやらないようにしたんだ」と切なそうに語って船を降りた。
ヨコハマおもしろ水族館での派手なパフォーマンスや、オオグソクムシの提供、取材対応などには出来るだけ協力を惜しまず、ひとえに ”焼津” という地域をただただ想ってのことだそうだ。それも今の時代を生きるカズタカさんの力なくして叶うことはない。例えば、オオグソクムシのような深海生物が何らかの形で商品化されて漁業価値が生まれ、収入源となっていくようになれば、焼津の発展にも繋がっていくのではないだろうか。この漁に一緒に出させてもらって、長谷川さん親子から焼津への愛を感じ、切なく厳しい現実と日々戦いつづける一漁師の生活がほんの少しだけ見られたような気がしてその場を去った。
戦利品(なんにもしてない)のコンゴウアナゴ3匹とタイノエ 実は闇の運び屋としての顔も持って潜入していた これらはどこかで闇取引されて形を変えて販売されたらしい |
楽しかった楽しかったと帰るにも疲れたし道中長いし腹も減ったので、できればこの辺でうまいものでも食って帰りたかった。するとちょうど長谷川さんの奥様御一行が揃って長谷川さん親子をお出迎えに来ていたので、ちょっとなんかどっかないでしょうかと聞いてみると、開いてそうな馴染みのお店にわざわざ電話までしてくれて予約を取ってくれたので、お礼を言って車を走らせた。
指定の店に着いてあああああーっと着席し、一息ついて一服しながら、「いやーあの家族ってさー、アレでアレでアレだよねー」とか話してたら
ガラガラガラ・・・・・・
_人人人人人人人人_
> 突然の長谷川一家 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
チャチャチャチャーン♪
貴様と俺とは 同期の桜
同じ兵学校の 庭に咲く
血肉分けたる 仲ではないが
なぜか気が合うて
別れられぬ
―同期の桜
帰宅後、戦場での潜在的な後遺症が発症し、蘇った揺れに数日間も悩まされながら「貴様は元々脳がやられているんだ」と精神的虐待を受け続けることになる。
なぜか気が合うて
別れられぬ
―同期の桜