この世界には何にでも聖地がある。深海の聖地「JAMSTEC横須賀本部」では、年に一度だけ、正門からの不正侵入者を阻止する警備員が鉄壁なディフェンスを崩す聖なる日がある。ゴールデンウィークが終わり、帰省ラッシュに疲れ果て、五月病に伏せると、深海ファンは早くその日を迎えようとムズムズし始める。今年は5月16日の土曜日に決まったそうだ。
JAMSTEC横須賀本部施設一般公開
俗に、「一般公開」と呼ばれる最も正当で恒例なこの日を、あまり機会に恵まれなかった事もあり横須賀で過ごした事はまだ無かった。不正に、というか、ぜんぜん正当なのだが、数年前に突発的でイレギュラーなJAMSTECのイベントがいくつかあった。その時に潜入したことがあり、そのせいで新鮮さみたいなものを欠いていた事も機会を作れなかった原因かもしれなかったが、この度はとうとう機会に恵まれ、この日にしか無い魅力的な小イベントがたくさん散りばめられた大深海イベントへついに潜入する事ができたので書き残してみようと思った。
噂通り、朝イチの京浜急行追浜駅前は聖地へ旅立つ者たちで溢れていた。小雨も降っている。追浜駅前マクドナルド、通称オッパマックで無事に食事を済ませたボクと代表と生ワカメンの深海マザーズは、行列の最後尾へ寄生した。ここから無料送迎バスで10分程度揺られると、吐きそうになる。しかし、追浜駅まで来る途中の代表の大荒れの運転で既に酔っていたボクにとっては、JAMSTECの正門まで滑らかに、やさしく、安全にドライブできる運転手に当たったのはラッキーだった。しかし、普段は助手席に鎮座し、必要ならば横からクラクションをぶっ叩く代表がなぜ運転すると言い出したのかは謎である。
JAMSTEC横須賀本部、潜入成功。
— 深海マザー (@deepseaMOTHER) 2015, 5月 16
最近はどこかへ行こうものなら「潜入成功」と発してしまう潜入成功癖がある。やはり一番気持ちがいいのは聖地潜入成功だろう。ああ、気持ちいい。弱い海風も気持ちいい。潮の香りも心地いい。広い視界も気持ちがいいな。久しぶりに海に来た事をお知らせします。
しかし我々は、どこへ行き、何をすればよいのか。
そもそもここへ、何をしに来たのか。
しばらく無意味に佇んだ後、一番近くの深海総合研究棟に入ってみた。
間違えたかも、と思った時には遅かった。
そこには、これまでお世話になりながらも、ご迷惑をお掛けしてきたJAMSTEC職員の方たちが高密度にわんさかいらして、いきなりの強い刺激に一旦出直そう・・・・・・と思った時には既に挨拶を交わして、片手を掴まれたかのようにどんどん奥へと引きずり込まれていった。同時にこの棟がどういうチムニーなのかを理解したような気がした。
ひとまず、上へ参ります。
エレベーターの扉が閉じ、再び開くと、そこはすでに、臨界点を超えていた。
「超臨界」とは、「超臨界」とは、、、うぅ、説明ができないのだが、「気体と液体の区別がつかない状態で、気体の拡散性と、液体の溶解性を持つ」ということ。「水」に例えると、高温高圧にすれば水蒸気でもなく水でもなく氷でもないモノになるということだと思う。なんかスゴいと思って超臨界熱水(深海ハザードステッカー レベル4)という商品を作った事があるぐらい「超臨界」に敏感なボクが、超臨界水実験室へ潜入できたのだ!しかし一般公開されているとはいえ、壁やドアに危なそうな表示が多くて歩くのにも結構気を遣う。あっちへ行ってはピクッ、こっちへいってはビクッと、いちいち立ち止まることが多い空間である。
もうこんな所にいては危ない、この棟から脱出せねばならないということで、階段で出口を目指して走り出すと、気付けば出口とは反対側の1Fの奥の方へ向かっていた。研究者による「ウミトーク」というイベントがちょうど終わろうとしていて、群がる人々の中には顔見知りもたくさんみられた。水槽が陳列されていて、中にはいろんな深海生物が収容されていた。水槽の水温が深海仕様で低いせいか空気がひんやりしている。雨のせいもあるかもしれないがジメっとしていて人口密度も高く、なかなかの極限環境と言える空間だったが、ちょっと目を離した隙に顔がハマっていた。
この顔はめパネルのセンスとクオリティはきっとJAMSTEC広報課の方たちの仕事に違いない・・・・・・と思うや否や、代表がボクの後方から来た人物に顔をはめたまま挨拶して抜けなくなっている。ちょうど写真の一番右のシーンだろうか、ちょっと引きつりの表情にも見える。振り返ると、広報課のヨシザワさんが数名の撮影陣を引き連れて現れた。メガネがキラーンと光るという都市伝説まである方だ。おそらく、遠目からこの様子を見たヨシザワさんの心中は、「おや?(キラーン)なんかバカっぽいのが顔はめてるなと思ったら・・・深海マザー代表じゃねーかwww」みたいな感じだったと思うが、この瞬間は笑いが爆発していた。
ところでこちらの撮影陣、何を撮りに来られてたかというと、JAMSTEC有する有人潜水調査船「しんかい6500」完成25周年企画の一つとして、今秋から連続ドラマとしてスタートする朱野帰子さん原作の「海に降る」のロケだった。申し込みと視聴料が必要なWOWOWだが、既に加入しているボクらにとっては地上波に等しく、JAMSTEC全面協力で撮影された番組だという事で今から放送が待ち遠しい。
WOWOW 連続ドラマW「海に降る」予告ページ
Amazon – 朱野帰子著単行本「海に降る」(夏に文庫本出版予定)
(深海マニア役のエキストラを演じてください)
言葉だったが、突然ヨシザワさんがサイコキネシスを発動させたように感じた。たまたまその場にいた砂女さん(仮名)と代表とボクは身体を動かされ、自主的なのか強制的なのか分からない気分で最寄りの水槽に張り付いていた。だがそこには水槽は二つしかなかった。なのに人間は三人いる。生ワカメンは混ざろうとしたが混ざれなかったらしい。ボクだけ水槽と水槽の間にある真っ黒な壁面に張り付いていた。水槽内の水温に反応して結露しまくっているただの壁が目の前にある。この状況で何を演じればいいのか、というか不自然ではないだろうか。左右の水槽内を交互に覗くと、中にいる深海生物はよりによってあまり捉えどころの無いシンカイヒバリガイという二枚貝である。絶望した。しかし辺りがシーンと静まり始めた。マジだ、マジで撮っている。海に降る。両サイドの二名が醸し出す空気からもそれが感じられた。画的に一番奥になる砂女さんに対して「ちょっと中腰になってください」と指示が飛んでいた。彼女は腰が悪い。思わずプッと吹き出しそうになるのを必死に抑えるが、瞬時に体がくの字になった彼女が視界に入る。死ぬ。極限のところでなんとかその場を乗り切ったが、オールカットに違いない。
術が解けると、おそらくは深海マニアのメインエベントだったであろう「研究者行動展示~研究者の日常を覗いてみよう 第2弾~」の会場へ向かっていた。上へ三つ参ってから下へ一つ参れば良い距離だ。今年は深海・地殻内生物圏研究分野分野長の高井研さんが展示されるという情報をキャッチして駆けつけたマニアも多いことだろう。その高井さんはまだ現れていなかった。ここまで触れてはいなかったが、実は朝からずっとゴリラのような風格をしたカワグチさんがウロウロしていた。どこへ移動しても高確率で会う。そのたびにこちらを睨み付け、事あるごとに「マニアにはサービスしませんから!」とか「もう帰るよね?」とか散々な事を浴びせて来られるのだが、それこそがマニアにとって至高のサービスだという事を知っての行動展示だったと思う。
「マニアにはサービスしません!」と高井さんが現れた。一貫されている。どこから来られたのか分からなかったが、真っ先に「白衣を着て写真を撮ろう」コーナーへ行き、おもむろに白衣を羽織って自ら被写体になっていた。見ていた関係者は白衣を着るなんてあり得ない(似合わない)と笑顔で言っていた。相変わらずサービス精神旺盛な方である。人気は言うまでもなく、Twitterなどで情報をキャッチした人たちはすぐにここ3Fへと集まってきてあっという間に「展示室」がいっぱいになった。進路相談を持ちかける学生や、仕事の依頼をする企業人もたくさんいたが、「そんなん知らん!」とか「ないないないない!」とか一人一人丁寧に弾き飛ばして対応されていた。喰らった人達は皆満足そうに弧を描いて飛んで行った。それから高井さんと代表のちょっとした小競り合いが始まった所でボクらも満足してその場を去った。いつもの事だが、内容をお伝えできないのがとても残念である。
敷地が広くイベントも多かったのであまり回れなかったが、「一般公開」のメインエベントはたぶん「しんかい6500」の実機展示や、学術研究船「白鳳丸」の乗船体験である。マニアにとってはもう「しんかい6500」実機などは見慣れているようで、ふーんという感じだったが、しかし必ず見に行ってしまうのもマニアの特徴的な習性だろう。帰りのバスの中で、改めて次世代有人潜水調査船の必要性について考えさせられたが、バス酔いした。この運転手のカービングはすさまじい。
来年もまた、聖地は開かれる。