こんなにも暖かいというのに、今日は珍しく東京の洒落た街で的屋をしている。ビールは売ってないが店の敷地内には冷蔵庫があり、冷えてもいないのに「冷えてます」という謎の張り紙がされている。さらには深海生物を模した派手なマグネットが冷蔵庫を覆っていた。
店番をしていると、奇抜な格好をした人や、どこの国から来たのかよく分からない外国人が前を過ぎていく。隣の店の主は急病で休みらしい。心配しながらも、代役の女性店番長がコンビニで買ってきてくれたグミをほおばっていた。グミなど子供のおやつだと言わんばかりの彼女は、ボクから無理矢理掴まされたグミにハマり、そうでしょうそうでしょうなどと笑いながら過ごしていた。そんな穏やかさを吹き飛ばすかのように、突如として辺りが砂煙に包み込まれた。気づくとそこにはマスクをしてキツい目を覗かせた年配の女性が改造ベビーカーに手を掛けて立っていた。
それ、全部いただくわ
彼女は冷蔵庫を一周してからそう言い捨て、モノも持たず、さらに高々と砂煙を巻き上げながらベビーカーと共に消えて行った。どうやら次の商品委託先は、D・原田さん(砂煙上げた人)率いるミュージアムショップにお世話になるようだ。
この夏、千葉県が熱い。千葉市にある千葉県立中央博物館では10年振りに深海展が催されるらしい。関係者にとっても念願の企画展ということで、展示やグッズはもちろん、全体のデザインもプロイラストレーターの友永たろさんが手掛けるなど、かなり気合いが入っている。これでは砂煙が上がっても仕方がない。
千葉県立中央博物館
驚異の深海生物―新たなる深世界へ―
2016年7月9日~9月19日
ボクは千葉県の漁師町でボーっと育ったが、千葉市には縁がなく、たぶん行ったことすらない。しかし故郷の県というだけで妙に親近感を覚えるもので、必然的にチカラも入るみたいだ。2ヶ月を超える会期だったが、シゴトもやり遂げたことだし、会期の終わりが近づく頃にごあいさつも兼ねて潜入することにした。
出発は日曜日。代表も一緒に行くべきであったが、若干健常ではなかったため、大事を取って一人で車に乗り込んだ。首都高を走り出すと、レインボーブリッジの虹をくぐるどころか、真っ黒に染まった空がどんどん迫ってくる。そしてとうとう雨までフロントガラスを叩き出した。臭い…臭うぞ……そう感じながらも湾岸を飛ばした。
D・原田さんより、事前に裏口から潜入せよとの指令があったので、真面目に裏口から潜入した後、真面目に玄関から潜入した。受付で甲殻類研究者の駒井智幸さんを呼べとの指令もあったので、真面目に駒井さんを呼んでもらった後、真面目に駒井さんを連れてきてもらった。(このくだりはよくわかりません)
チバテレビの取材で短パンを披露されてスターになったという噂の駒井さんに、たまたまテレビを観て駒井ファンになった女性の方がいますよと伝えたら、顔を覆い隠しながら「短パンがぁぁぁ!短パンのせいでぇぇぇ!」と照れていた。どんな女性なのかお伝えするのを忘れたが。
そんな短パン関連でなにかがあったらしき駒井さん(ここからは短パン王子と呼びたいが我慢)が、館内をガイドしてくださるというのでぜひ案内してもらうことにした。入場料は500円。安い。企画展だというのに安すぎる。これではふるさと納税にもならないじゃないかと、「私をスキーに連れてって」の純白のスキーウェアのような制服を着た受付嬢2名を睨みつけていたら、ペタッとTシャツの袖にナニかを貼られ、そのまま館の奥へと搬送された。
まずは、駒井さん達が論文を発表して新種記載されたという最近話題になっていた「ダイオウキジンエビ」というエビを見せてくれた。なぜかニヤニヤしていた、二人で。漢字で書くと「大王鬼神蝦」。いかにも厨二関係者にウケそうな和名だ。「これはまたすごい名前ですね…」と言うと、「これねぇ、こないだ某新聞を飾る予定だったのに、北朝鮮がぁぁぁ! 北朝鮮のせいでぇぇぇ!」と、博物館の中心でミサイル問題が一面を飾ったことを叫んだ。「キジン」もだんだんアッチの漢字にしか見えなくなってキタが我慢。
メイン展示コーナーへ移動すると駒井さんは、「今日はよく(お客さん)入ってるねぇ、うれしいねぇ」とすごく喜ばれていた。見渡すと確かに人は多いものの、標本は見放題、写真も撮り放題のように見えたが、同時に通常開館日の様子も見えたような気がして相槌を打った。
「テキトーにご覧になったら声かけてください」
「テキトーにみたらお声をかけます」
というテキトーな会話を交わし、テキトーにフラフラみていて、テキトーに熱水コーナーに差し掛かった瞬間マジになってガン見していたら、背後からただならぬモノを感じ、振り返ればヤツ…じゃなくて彼女がいた。
お茶でもしませんか?
D・原田さんのお出ましである。ちょうど口と喉と眼球がそこのシンカイクサウオ標本のようにシワシワになっていたので、すぐに噛みついてご一緒することにした。幸いなことに今日はベビー改造車を引いていないようだ。もしここであの砂嵐を喰らっていたら、全ての水分を奪われたあげくミイラ化して常設展示されるところだった。アブなかった。
館内のカフェの入口で待てと指令があったので、真面目に(略)。D・原田さんは「オシャレなカフェじゃないのよ」と恥ずかしがっていたが、確かにオシャレじゃなかった。しかしガラス張りの店内を覗くと、テーブル側の窓から見える景色は超深緑。草! 木! 葉っぱ! ちょっと東京では味わえそうもない魅力的な景観のカフェだった。そこへテキトーにフラフラしていたらしき駒井さんが現れ、さらにD・原田さんが現れ、集団カフェをすることになった。
アイスコーヒーで身体を戻していると、D・原田さんと駒井さんの異色デュエット曲「忙しいのはいいことよ」「忙しくなんてなりたくないのよ」が歌われていた。企画展始まって以来、超多忙で一日も休んでないそうだ。
そうですよねーとか言ってたら、突然D・原田さんが「お子さんは?」と聞いてきた。「いえ…」と答えた。と同時に空気がおかしくなるのを先読みして間髪入れず、「D・原田さんはすごく小さなお子さんいらっしゃいましたよね」と聞き返した。
孫です
ピキーーーーーン!
歳の計算が合わないと思ったでしょ
ドカァァァーーーーーーン!
D・原田さんはボクの爆死を確認すると、「駒井さんの奥さんって峰不二子に似てるのよ」と地雷を置いた。……この変態にして峰不二子アリ…いや…この奇人にして峰不二子アリ…あ、言っちゃった…いやいやなんて失礼な……気になる……と心の中でまんまと地雷を踏み、再爆死したのだった。
では館のバックヤードをご案内します。
駒井さんが張り切って言った。初めて通されるバックヤード、胸が高鳴る。D・原田さんもパーティーに加え、洞窟のような通路をひたすら歩いた。途中で洞窟内に住んでいる地底人のような人に出逢い、駒井さんはボクを紹介してくださるも、その地底人は多彩な表情を繰り出すも声を発する事はなかった。長い年月、人と接しないで暮らしているせいか会話ができなくなってしまったのかもしれない(後に研究者だと知る)。
やっとの思いで奥底へ辿り着くと、そこには生物標本で埋め尽くされた図書館のような空間が広がっていた。焦点が定まらないまま呆然としている間に、D・原田さんは砂煙を舞い上げて姿を眩まし、駒井さんは召喚士のように次から次へと熱水に棲む生物標本を持ち出して来てくれた。最初に「熱水が好きです」とお伝えしてあったせいか、貴重(だと思う)なモノばかりだ。出よ、ヨモツヘグイニナ、アルビンガイ、巨大ユノハナガニ!
ぜんぶ触ってよいよ?(そのかわり何か作ってね)と仰るので、お言葉に甘えて触りまくっていた。しかし、熱水の神はアノ時のボクを赦してはいなかった。
マイマニピュレーターでシンカイヒバリガイを掴んだ瞬間、摩擦係数がゼロとなり、それはコンクリートの床に落ち、それから軽やかな音を響かせ、熱水の神は空間を支配した。
呪いだ……
これはあの時、あの場所で、あのカメラの前で、シンカイヒバリガイなんて掴みどころがない、コメントなんかしようがないなんて罵ったせいで呪われたんだ……
祟りだ……
と必死に呪いや祟りのせいにしてひたすら謝罪して懺悔した。
まったくもって幸いではないが、幸いなことにJAMSTEC様のような研究機関からの借り物ではなく館の所有物だそうで(もしかしたらやさしさでそう言ったのかも)、なぜかそこに置いてあった老眼鏡に異物感を覚えてビックリするも、ほんの少し安心したのだった。
一つの大罪を犯して希望を失ったボクは、当然のように駒井さんの研究室に収容された。大きなテーブルと本棚があり雑多だった。しかしおもしろそうなモノがたくさん視界に入ると、僅かに正気を取り戻していた。
先にも書いたが、駒井さんは甲殻類の研究者だ。研究対象のエビなどが載った図鑑のような本を持ってきてくれ、ペラペラとページをめくりながら解説してくれる中、自分が描いたというエビの絵を指し、「絵が描けないと研究者はダメなんですよ」と言った。すると頭の中でボヤァァァとナニかがシンクロしはじめた。
悲報 呪い
詰んだ まだですか
論文 ダメ 研究者
15年 学名 ダメ
Crysomallon
(わかる人だけへ)
もうダメだ…頭がおかしくなってきた…もう帰る…
ズタボロになりながら洞窟から生還すると、ミュージアムショップでD・原田さんがお客さんに声を掛けながら威勢よくグッズを売りさばいている姿が見えた。そうかあの砂煙はここへ繋がっていたのか。そういえば、先に潜入した同志が「ショップで深海マザーさん推されてたよ」と言ってたな。どれどれちょっと見てみ……
クマムシさんかわいいよー
ぬいぐるみかわいいですよー
_人人人人人人_
> クマムシさん <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
千葉県立中央博物館、ミュージアムショップのみなさま、
お世話していただき誠に有り難うございました。