愛とチムニーの日々

第一話 集合部屋 – しんかい6500特別見学会

「言葉」というモノが不便だと思うことがある。
感じていることを口に出す時に、どれにも当てはまらなくて気持ち悪い思いをするんだ。

例えば、こんな暑さの日々のこと。

この夏、ボクと代表(現深海マザー代表)の小さな店が、信じられないことに忙しい。忙しいが儲からない。儲からないがおもしろい。おもしろい、が、生き甲斐です(なんですかこれ)。

いつものように雑務に追われる中、海が知りたい、地球が知りたい、宇宙も知りたい、という ”超好奇心変隊” と呼んでみたいぐらいの組織、海洋研究開発機構(JAMSTEC)からある企画を知らされる。

しんかい6500特別見学会
その内ページが消えてしまうかもしれないけど詳しくはこちら

実はこのJAMSTEC、今年の頭から地球を航海している。「しんかい6500」という、暗黒の深海へヒトを連れてってくれるという夢のような乗り物を乗せて、「よこすか」っていう船が世界中の深海の表面を暴走しているのだ。この親子のようなお二方の果てしない旅をQUELLE2013というらしい。

ちょっとその ”QUELLE(クヴェレ)” という名前にも触れてみたい。

Quest for Limit of Life, 2013

これは公式ページから引用したモノだが、青字の部分から取ったモノで、ドイツ語で「起源」とか「源泉」といった意味になるそうだ。まさに生命の起源を探るという旅に相応しい名前になったのだ。この名付け親はたしか研究者のどなたかだったと思うが、もう羨ましいぐらいの「キタコレ!」だったに違いない。魂が奮えるほどのエネルギーがその瞬間に放出されただろう。ボクなら間違いなく瞬時に Twitter でハッシュタグ #キタコレ を付けてツイートしてるに違いない。

その航海中、あの ”伝説” が創られた。

深海5000メートルへの挑戦
これもその内ページが消えてしまうかもしれないけど詳しくはこちら

カリブ海上で、まずはヒト科3名を「しんかい6500」に閉じ込める。そしてそのまま「よこすか」から海へドボンと落とす。事前に取り付けた直径1ミリの極細光ファイバーケーブルを引っ張って、世界最深とも言われる熱水噴出孔(深海5000メートル)まで沈み、ニコニコ生放送を通じて陸の世界へ興奮や感動、熱気、さらには失敗した時の残念感までをも届けようという画期的な試みであった。結果は途中で光ファイバーが切れたものの、見事に深海の景色が映し出された。この企画を知った時も、実際に観た時も、自分の中のなにかが反応したような気がした。この日はちょうどボクがこの世の空気に初めて触れた日でもあったので、赤子に戻るつもりでオムツを履いて観戦したのを今でもハッキリと覚えている(実は事前情報でパイロット達が潜る時はオムツを履くと言ってたので、一体感を楽しむために履いたんだが、中継では3人共履いてなかったという裏切り行為があった)。

そしてこの度「よこすか」と「しんかい6500」が、カリブでの海賊行為を無事終えて、日本へ帰ってきた。そこでそのナマナマしい「しんかい6500」のナマ整備やカリブの深海から持ち帰ったナマなにかを、ボクらのような社会に出ても全く役に立たなそうなヒトにでも見せてくれるという一大イベント。それが「しんかい6500特別見学会」。

ここで「ただし!」とJAMSTEC広報課が斬る。「見せてもイイけどね?ちゃんと落とし前はつけてもらうよ?」と。要するに現場で見て聞いて感じて思ったことなどをいろんな層のヒトビトに向けて何らかの形で発信し、キャッチしたら最後、二度と戻れない暗黒の深海世界へ引きずり込めるようなことを書け、という指令があるのだ。従えなければ見学はできない、応募もするな、今後一切「深海」という言葉を発してはならない(そこまでは言っていない)らしい。まあ、ブログやSNSを持っていれば誰でも応募できたハズなので、多くのヒトは条件だけはクリアできてたと思う。

これを聞いた「深海クラスタ(蠢く深海ファンの集合体)」、ボクは単純に「深海クラス」と呼んでいるが、飢餓状態の深海魚のようにこのイベントに喰らいついたハズ。そしてこの「深海クラス」、ボクの知る限りで言わせてもらうと、深海の素晴らしさを伝えようなんて考えが極限までに薄いのだ。それどころか、なるべく情報を隠蔽し密かに自分が楽しみたい、イベントが混んでいるからブームなんか早く去ってくれ!みたいな考え方なのだ!エサに喰らいついただけなのだ!(もちろん違うヒトもいる)

ボクらもその内の2名である。

きっと広報課内では、”蠢く蟲” の中から小豆を選別するかのように「これダメ。あぁ、ダメ。おぉ、イイ。おぉほぉぉぉ!」みたいに地道な作業が行われたに違いない。選別の基準がどういうモノだったのかは未だに不明なのだが、ザルに残った僅か30名は「しんかいレポーター」という称号を与えられた。後で聞いた話だと倍率10倍以上、ということは300名以上の応募があったとみられる。どうりで周りの深海クラスのヒトたちがマリンスノーのように大量に沈んでいく訳だ。

ボクらは選別された。
しかし、マリンスノーを見ていたら、口に出せなくなってしまったんだ。
しばらくの間。
呆然と過ごし、複雑な思いを抱えながら当日を迎える。

その日、特に寝坊もアクシデントもなかったのだが、寝る前に食べた5本のカルピスバー(アイス)が祟り、朝起きて鏡を見てれば顔が歪んでいただろう。美しきゲリラスタートである。

JAMSTECの最寄り駅である、京急追浜(オッパマ)駅が集合部屋だった。ここに集まれば無料送迎バスがJAMSTECまで乗せてってくれると聞かされていた。その時間よりも1時間ほど早めに着いたので、駅前のマクドナルド(オッパマック)に入り、クーポンの値段に従ってポテトとバニラシェイクを頼んだ。しかし、シェイクはドロドロ胃に飲み込まれていくが、ポテトは喉すら通らない。どういうわけか猛烈に緊張しているようだ。連れの代表もそんな風に見えた。後に友人から「なんで緊張してたんすか(笑)」と問われたが、なぜだか分からずに答えられなかった。ナゼナ?

この日ボクは、人生で初めてマックフライポテトを残して捨てたんだ。

緊張という魔物に支配された空間に取り残されたボク
緊張という魔物に支配された空間に取り残されたボク

いよいよ約束の地、追浜駅ロータリーへ向かう。すると遠くからだが、なにかに群がるようにワシャワシャと人だかりが出来ているのが見えた。アソコから何か湧き出しているんだな。ボクらも同じように群れに紛れ込めば生きていけるのだろうと思ってそこへ溶け込んだ。

近くに行くと案の定、すぐに広報課のヨシザワさんが見えた。前述の生中継の際に、現地のレポーターを勤めていた方だったので、ハッキリと顔を覚えているのだ。そして不自然に紛れ込んでしまった代表がウチワで扇いでいるのが、素晴らしく不自然だ。

広報課ヨシザワさん、代表、しんかいレポーター群集
広報課ヨシザワさん、代表、しんかいレポーター群集

写真のみなさんが持っているウチワやネックストラップが気になる。そう、すべてこの場で配布されたモノなのだ!これと他にQUELLE2013のペンと合わせて3点セットだった。この時点で満足したヒトもいたかもしれない。

しんかいレポーターグッズ満載

受け付けを済ませると、ヨシザワさんに「あなたたちは第一班です」と言われた。第二班まであるらしいが、グッズを与えられてウヒャウヒャ浮かれるボクらをよそ目に、ヨシザワさんのメガネが強烈な日差しを受けてキラリと光ったように見えた。

ボクらはこの時まだ知らなかったんだ。
この班分けの本当の意味を。

出発命令が下り少し移動すると、行き先に「海洋研究開発機構」と表示されたバスと、なぜかその隣にパトカーが停まっている。なぜここにパトカーが・・・と思うか思わないかぐらいのところで、代表が「あんたはコッチでしょ」とパトカーの方に乗れと促した。まあ、これはいつものことなので無視してバスに乗り込んだ。

「海洋研究開発機構」行きバス内
「海洋研究開発機構」行きバス内

席に座り、座席から辺りを見渡した瞬間、あることに気がついてハッとした。

まさか・・・これは・・・!!
第一班はバス、第二班はパトカーに乗せられて、最寄の警察署まで連行するつもりか・・・!?まさか、そういう班分けだったのか!

どういう訳か、ボクは護送車に乗せられた気分になっていたのだ。今ごろ行き先の表示もネコバスのようにグリンッと「警察署」に変わっているに違いない。第二班のあのパトカーが先導してこの護送車を誘導し、着いた先で皆裁かれるのだ・・・みたいな妄想がハリセンボンのように膨らんだ。

ボクらはこの時パーフェクトに間違っていたんだ。
班分けの本当の意味を。

ふと気づくと、緊張の魔物からは開放されていた。
バスは通常通り、波のうねりのように大きく揺れながら、JAMSTEC横須賀本部へと出発した。

大口部屋 – しんかい6500特別見学会へつづく…

愛とチムニーの日々

深海にある熱水噴出域はね、極限環境って呼ぶんだって。
そうゆうの以外にも、違った意味での極限環境が思ったよりもずっと身近にあるんだよ。
例えばみんなが住んでいる家の中とかね。

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